日韓揺らす徴用工判決に準備を −西岡 力−

産経ニュース報じる
*著者の意向により産経新聞『正論』より転載。

 

西岡 力
「救う会」:北朝鮮に拉致された日本人を救出する全国協議会 会長
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 主筆

【正論】日韓揺らす徴用工判決に準備を

2018.8.8 11:20
モラロジー研究所教授・麗澤大学客員教授・西岡力

 日韓関係を揺るがす重大事態が近く出現するのではないか。韓国の最高裁判所(大法院)が、日本企業を相手に韓国人徴用工らが起こした裁判で、日本企業の敗訴を確定する判決を近く下す可能性が高まっているからだ。

 財産差し押さえの可能性も

 現在、最高裁では三菱重工を相手にした2件の裁判と、新日鉄住金を相手にした1件の訴訟が係争中だ。2012年5月に最高裁小法廷が1審、2審の原告敗訴判決を「日本の朝鮮統治は違法な占領」などとして破棄する差し戻し判決を下した。13年7月、釜山とソウルの高裁で原告逆転勝訴判決が下され、三菱と新日鉄が最高裁に再上告した。その後、現在に至るまで最高裁は確定判決を下さずにいる。原告勝訴になれば両企業の在韓財産が差し押さえられることさえ予想される。

 それ以外に地裁と高裁段階で係争中の13件(三菱重工5件、新日鉄住金2件、不二越3件、横浜ゴム1件、住石マテリアルズ1件、日立造船1件)も日本企業が敗訴となれば差し押さえがあり得る。

 釜山の国立博物館(15年に開館した「国立日帝強制動員歴史館」)の展示では、戦時動員を行ったとされる日本企業274社が実名で「戦犯企業」として告発されていたから、同種の裁判が続々と提起される恐れがある。

 文在寅大統領は昨年9月、最高裁判所長官に金命洙・春川地方裁判所長を任命した。最高裁裁判官どころか高裁判事の経験のない人物を一気に最高裁長官とするという異例の人事だ。金命洙氏は左派判事の集まりである「ウリ法研究会」会長出身だった。

 金命洙長官は、就任直後から梁承泰・前長官らの不正を暴くためと称して最高裁行政組織の記録を調査し、司法行政権乱用が発覚したと告発した。「容疑」の一つが、朴槿恵政権と裏取引して、徴用工らの裁判の確定判決を5年以上遅延させたということだ。8月2日、検察が外務省に家宅捜索を行い、対外秘の外交文書を含む大量の書類を押収したのは、この捜査のためだった。

≪左派で固められた最高裁≫

 証拠とされる2つの最高裁判所行政組織文書がマスコミで大きく報じられている。13年9月作成の「強制労働者判決関連-外務省との関係(対外秘)」文書と15年3月作成の「上告法院関連BH対応戦略」文書だ。

 前者は日本企業の再上告直後に作成され、外務省が何回か「日本との外交関係を考慮しなければならない」と最高裁に伝えたことと、それを受けて「外務省に手続き上の満足感を与えるべきだ」という判断が記述されていた。

 後者は最高裁が上告裁判所新設を目指して、朴槿恵政権要人に対して行おうとしていたロビー活動のメモだった。その対象者の一人が李丙●秘書室長であり「最大の関心事→韓日友好関係の復元」「日帝強制徴用被害者損害賠償請求権の件に対して、請求権棄却趣旨の破棄差し戻し判決を期待しているものと予想」と記されていた。この2文書だけでなぜ梁承泰前長官らが裁判に不正介入したと断定できるのか理解できないが、マスコミの多くは前長官逮捕と有罪は当然のように報じている。

 金命洙長官は最高裁裁判官を次々に左派と交代させている。8月3日、金命洙長官が指名した3人の裁判官が任命されたが、うち2人が左派だ。1人は国家保安法の廃止を訴え、北朝鮮のスパイ事件の弁護をし、違憲政党として憲法裁判所が解散決定を下した極左政党「統進党」の弁護団長を務めた。もう1人は「ウリ法研究会」出身の判事だ。長官を含む最高裁裁判官14人の構成は李明博氏任命1人、朴槿恵氏任命5人、文在寅氏任命8人となる。

 前最高裁長官らが法的責任を追及されているのだから、金命洙長官の最高裁が近く日本企業敗訴の確定判決を下す可能性は高い。

≪政府は介入して民間企業を守れ≫

 日本は1965年の日韓協定で徴用工らへの補償を含む無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を行った。当時の日本の外貨準備高は18億ドルだったからかなりの負担をして戦後補償を最終的に解決した。その日韓関係の基礎が崩壊する危機がきている。

 日本政府は全面的に介入して、民間企業を守らなければならない。日韓請求権協定には、協定の解釈および実施に関する紛争解決の手段が規定されている。紛争が発生した場合は外交で解決することとし、外交で解決できなかった場合は第三国の委員を含む仲裁委員会を設置して解決すること、とされている。日本側から両国間の協議を求めるべきだ。韓国が応じなければ、日本政府が協議を求めていることを理由にして、確定判決後に予想される財産差し押さえを阻止する法的な手立ても準備しておかなければならない。

 また、「戦時動員は強制連行ではない」「戦後補償は日韓協定で終わっている」という国際広報を強化しなければならない。それなしには国際的誤解が広がり、第2の慰安婦問題となりかねない。

 

(モラロジー研究所教授 麗澤大学客員教授 西岡力・にしおかつとむ)

●=王へんに其