週の真ん中ストレート(13) ユーロコミュニズムを巡る暗闘 −田口 望−

田口望
田口望

 

 

 

 

田口 望
大東キリストチャペル 教役者
大阪聖書学院 常勤講師
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 論説委員

真逆のこと言うインターネット百科事典?

 前回はイタリア、スペイン、フランスなどの共産党と日本の共産党とでは、民主集中制(党内独裁)があるかないかで、全然その様相が違うということをお話ししました。
しかし、ネット検索をすると、インターネット百科事典ウィキペディアの「日本共産党」の項目には、民主的で意見の多様性を認める「ユーロコミュニズム」の政党であるとあります。(2019年6月13日現在)
一方で、「ユーロコミュニズム」の項をウィキペディアで調べてみると(2019年6月13日現在)、日本共産党はユーロコミュニズムの政党ではないと書かれています。これはいったいどうしたことでしょうか?

信用ならない?インターネット百科事典

 私も学生時代、論文作成などをする際、参考文献にウィキペディアを使うなとゼミの教授から口酸っぱく指導されたのですが、それがこのためなのです。紙の百科事典は出版された時点での執筆者陣が知っている知識であることが特定され、書かれたものの責任は担保されますが、ウィキペディアはそうはいかないのです。インターネット百科事典ウィキペディアはいつでも、だれでも書き込むことができてしまうからです。

 私もインターネットで調べものをするときに「ウィキペディア」に当たることがありますが、そこに書かれていることをもって自らの確定的な知識には絶対にしません。そこに書かれている内容はあくまで調べものをする上でのきっかけにとどめておき、最終的には出典先にまであたるよう努めてようにします。

編集の履歴が見えるインターネット百科事典

 そうはいってもウィキペディアがなぜそれなりの信ぴょう性を保っているかといえば、間違ったことが書かれても、正しい知識を持っている人が間違いを指摘し、すぐに修正されるからです。そして、当該ウェブサイトから知識を得ている人の中でも、あまり知られていない機能があります。実は、このインターネット百科事典ウィキペディアは、修正した履歴が全部見られるのです。いつ、だれが、そして、どうして修正したり加筆したり、削除したりしたのか・・時にはその理由のコメントつきで。

神学に携わる学者・牧師は聖書本文をいつ、誰が書き、編集がいつなされたのか?また、どのような資料から引用して聖書が書かれたのかを日々研究しています。信徒さんからみれば、「そんなことするより、目の前の信徒に向き合ってくれ」ってことなのでしょうが、これは聖書批評学という学問の一文やとして確立しているのです。私も仕事柄でしょうか、ウィキペディアで、いつだれがどのような編集を加えたのかを気になってみてしまいますし、その中で新たに見えてくることがあります。

 そして、2019年6月13日現在、ウィキペディアの日本共産党の項目では「日本共産党はユーロコミュニズムの政党であると記載され、ユーロコミュニズムの項目では「日本共産党はユーロコミュニズムの政党ではない」と記載されています。編集履歴をたどってみると、その変遷の理由を垣間見ることができます。

民主集中制は絶対死守する日本共産党とその理由

 1970年代に、日本共産党は中国共産党ともソ連共産党とも関係が悪化します。時同じくして、ソ連共産党の干渉を受け続けてきたフランス、スペイン、イタリアの各共産党が
・暴力革命路線の放棄、
・プロレタリア独裁論の破棄、
・民主集中制と分派禁止規定の廃止
などを次々と打ち出して、西ヨーロッパの自由民主主義社会における新しい共産党の立ち位置を明確に打ち出したのです。これをユーロコミュニズムといいます。そして、日本共産党も、当初はこの動きに同調したのです。西欧の共産党大会に友党として参加し、
「プロレタリア独裁」を「プロレタリア執権」と言い換え、
さらにはそれを1976年の第13回党大会では「労働者階級の権力」と言い換えました。また「マルクス主義」も「科学的社会主義」と言い換える様になりました。また、暴力革命路線については声高に主張しないように徹し、
日本共産党は一時期「ユーロ・ジャポネコミュニズム」と自称するくらい、西欧の民主的な共産党に近づきました。対外的に自由で開かれた政党であるように見せようとしたのです。

 しかし、ユーロコミュニズムが民主集中制と分派禁止規定の廃止を打ち出すと、日本共産党のトップM氏はそれを頑強に忌避したのです。それはM氏自身が党内独裁民主集中制によって、日本共産党内で権力を掌握し、また維持していたからに他なりません。
※民主集中制とは「民主」とはいいながら、革命達成のため究極的にはトップからの上意下達で、一指乱れず従わせること、トップの独裁を指す。

 国際的には西側諸国の共産党とお付き合いしたい。日本国民にも、ソ連型共産党とは違うことをアピールしたい。でも党内的にはソ連型、中国型共産党の体制を維持し、異論を封殺したいので、民主集中制の放棄だけはどうしてもできない。これが日本共産党の本音だったでしょう。

 その当時、日本共産党内で多様な潮流・分派を認めるように求めた学者党員などは、党と社会とを混同するものとして徹底的に批判され、自己批判に追い込まれ除名されるか、執行部の上からの方針に盲従する党員らに離党させられたりしました。田口福治名大教授等がそれにあたります。

 そして、何を隠そう、現在の党指導部のある人物Cもその民主集中制にしたがって、反党分子を大量に粛清することに貢献し、出世し、若くして党中央入りをしたようです。だからこそ、現在においても党執行部は、この民主集中制をやめられず、ユーロコミュニズム政党に脱皮したくてもできないのです。

 プロレタリア独裁も暴力革命も表立って主張しなくなった今、日本共産党は民主集中制の旗さえ降ろせば公安調査庁からの監視対象から外れ、野党共闘を一層加速することができるでしょう。しかし、どうしてそれをしないのかということこそ着目すべきでしょう。

日本共産党の本当の問題がこの更新履歴にあらわれる

 そんないわくつきの項目が「ユーロコミュニズム」なのです。党の方針に異を唱えて離党させられた者の恨み節や、日本共産党崩れの人による党内の実態暴露、こうした書き込みがある一方で、今も党内に残る人は、党の醜聞を表に出させないようにそうした書き込みを消したり、離党者を執拗に攻撃したりします。インターネット百科事典のこの項目には、両者の改変合戦が垣間見えます。

 「ユーロコミュニズム」の改変履歴から私は以下のようなやり取りを読み取りました。皆さんは何を読み取りますか?その解釈は皆さんにお任せしますが・・・。

党員(と思しき人):ユーロコミュニズムの項目でわざわざ日本共産党のことを書くのはスレ違いだ。

元党員(で除名されたと思しき人):党が一時期ユーロコミュニズムを自称したのだからこの項目で取り上げるのは当然だ。

党員:なら根拠を挙げろ。

元党員:党が意見の異なる人間を大量除名した証拠として元共産党員で唯一拉致被害者問題を探求し、それがために党を除名された人物の著作を典拠として挙げる。

党員:当該典拠の著者は党歴数十年の古参党員で、国会議員秘書まで務め上げた人物なのに、「議員秘書風情の著作など証拠にならぬ」と再び削除する。

 とこんなやり取りが、そんなものまでがウィキペディアのユーロコミュニズムの変更履歴の中に残っているのです。

ユーロコミュニズムの改変履歴

この問題はカルト教団のそれと酷似する

 日本共産党は、政策を実現するための集団ではなく、思想を統一・教化する集団であり、他の政党とは全く趣を異にする異様な集団です。以前にも言及したように、哲学・思想集団としてとらえた方が良いでしょう。それは、教祖の考えを絶対化するカルト教団のそれと酷似しています。そして、上記のやりとりは、教団から排斥され、マインドコントロールを解かれた元信者が教団の内実を告発しようとし、一方で今も教団にとどまる者がその元信者を裏切り者と罵って、教団の恥部を隠ぺいするやりとりそのものと言えます。

 この問題は政治家も医者も触れづらい問題です。しかし、私はキリスト者として、伝道者として、カルト教団から脱会を願っている方や、脱会後に茫然自失となってしまった者のカウンセリングを引き受けた知見がありますから、一日の長があります。だからこそ、キリスト教伝道者として、この思想集団の危険性について世に知らしめることが使命と考えるのです。

 最後に

元党員と思しき人物と党員と思しき人物が、ウィキペディアの「ユーロコミュニズム」の項目に載せるか否かで揉めていた文章を、一部の個人名を伏字にして掲載します。

ーーーーーーーー<以下当該文章>ーーーーーーーーー

 西ヨーロッパのユーロコミュニズム諸党は党の内部に多様な思想の存在を認めているが、本共産党内で党内に多様な潮流・分派の存在する権利を求めた学者党員などは、党と社会とを混同するものとして徹底的に批判され、自己批判に追い込まれ除名されるか、執行部の上からの方針に盲従する党員らに離党させられた。
1985年の日本共産党第17回大会に際して、当時日本共産党中央委員会青年学生対策委員だったCも、東京都大会に中央委員会ら幹部への内部の批判を公表して体質改善することを考案した東京都東京大学院生の党員を分派と認定し、翌年に除名して追放した。
当時トップだったMの直接の指示を受けたCはこの働きを認められ、Mによる抜擢で1987年の第18回党大会で准中央委員に選出され、1988年に書記局員に昇進するなど党内の多様な意見や執行部への意見の権利を主張をした学生党員追放で出世している。日本共産党は民主集中制や派閥の禁止に冷戦後も固執しているため、ユーロコミュニズムの政党ではない

出典

文藝春秋, 第68 巻、第10-11号 1990年

日本共産党の戦後秘史 , 兵本達吉 ,2005年