ヘンリー王子・メーガン妃の極秘婚騒動−栗生 稔−

ヘンリー王子・メーガン妃の極秘婚騒動

結婚式パレード ウィキペディアより

 

 

SALTY論説委員
栗生 稔

 英国王室の話題が日本のワイドショーをにぎわせています。王室をめぐるいくつかのニュースの内、先月8日に米国の人気司会者オプラ・ウィンフリー氏のインタビューに答えた英国王室のヘンリー王子とメーガン妃が、約3年前の結婚式について、世界が注目した2018年5月19日のウィンザー城でのロイヤルウェディングの前に、実はカンタベリー大主教とヘンリー王子とメーガン妃だけで、秘密の結婚式をしたと暴露しました。その後、数日して英国国教会が秘密の結婚式があったことを否定しました。
 この秘密の結婚式については、日本のメディアはイギリスやアメリカのメディアの報道をただ翻訳して報道するばかりで釈然としなかったのではないでしょうか?
これ、キリスト教にまつわる日本、米国、英国の婚姻制度の違いから、日本人には理解しがたいものになっています。そこで、せっかくキリスト教のオピニオンサイトであるこの場を借りて、あのニュースを一般の日本人にもわかるように深掘り解説しようと思います。

  • アメリカの婚姻制度
 まず、アメリカの婚姻制度について一般的な婚姻の流れを説明します。(但しアメリカは州によって制度の差異があり、また英国とも違いがあるのであくまで一例です。)アメリカでは日本のように戸籍がありません。IDカードがあって、個人個人の情報は役場で管理されていても、結婚しているかいないかまでは紐づけして管理しているわけではないのです。その為、役場でマリッジライセンスといって「この人は現在だれとも結婚していないので結婚することができますよ」許可証をもらうところから手続きがスタートします。次に公に結婚式の司式をすることが認められた牧師、神父のところにいって司式をしてもらい、許可証にサインをしてもらい。そのサインをしてもらった書類をもう一度役所に提出して、晴れて正式な結婚、「法律婚」をしたことになるのです。
 日本では結婚する時は市役所に婚姻届けを出せば、それが「正式な結婚」で「法律婚」であり、結婚式をするかどうかは全くの別次元です。どれだけ盛大はハデ婚をしたって、婚姻届けを出さなければ「法律婚」ではありませんし、また婚姻届を出した時は貧乏で式を挙げられなかったから、結婚後何年もたってから改めて式をするという人もいるでしょう。日本ではなにをおいても婚姻届の提出が「法律婚」か否かの要件ですが、米国では書類だけではなく結婚式を挙げることが法律婚の要件になっているのです。(英国でも式前の手続きに違いはあれど、式自体は挙げることが法律婚の要件になっていることは同じです)。
 このあたりがヘンリー王子とメーガン妃の言っている極秘婚の意味合いが日本人にはピンとこない理由なのです。日本だと秘密=非公式、正式=公式のような感じにきこえますが、彼らはロイヤルウェディングを行う3日前の、牧師と王子とメーガン妃だけの3人の秘密の結婚式が法律婚の要件を満たす正式な結婚式で、その3日後のロイヤルウェディングは正式ではない、法律婚用の手続きを済ました後のただのパフォーマンスだったと主張した訳です。

 このような解説をうければ、二人がアメリカのインタビュー番組で暴露した内容が、英米ではかなりインパクトのある内容として受け取られたことがお分かりいただけると思います。

メーガン妃の勘違い?  

 次に、この暴露に対して司式をした英国国教会側は「メーガン妃はアメリカ人だから勘違いをしているのだ」といって秘密の結婚式を否定してしまいました。
これが、今度はキリスト教を建国の土台としながらも政教分離の国であるアメリカと、信教の自由を認めながらも自国キリスト教国と定義し、国教会制度を維持するイギリスの違いが出ているのだと筆者は考えています。
 英国も米国も正式な婚姻には書類の届け出だけでなく、実際に式を行うことが要件とされているわけですが、英国にも米国にも当然非キリスト教徒もいるし教会が嫌いな人もいます。そんな人のためにシビルウェディングというのがあるのです。日本でもキリスト教式や神道式の結婚式以外に人前(じんぜん)式の結婚式をする人がしばしばいらっしゃいますよね?あれに似たような司式です。で、このシビルウェディングはなんと米国の場合、裁判所で行われことが多いのです。新郎新婦は裁判所の職員の前で宣誓を行う形で挙式されます。
 それで、シビルウェディングは司式者と新郎と新婦の3人いればできてしまいます。これに倣ってと言っては何ですが、米国では法律婚の要件を満たす結婚式をキリスト教式であげても、メーガン妃が当初言っていたように、牧師と新郎と新婦と3人いれば事足りると考えたのでしょう。
 これに対して英国は「信教の自由を認めるキリスト教国」です。英国にも米国と同様のシビルウェディングはありますし、非キリスト教徒のための制度は設けられているのですが、「信教の自由」というのは多数派の信仰の慣習に強いられることなく、少数派の信仰に便宜を図るものなのです。ですから、多数派のキリスト教徒にキリスト教の慣習を制度上強いることは信教の自由を侵すことにはならないというのがイギリスと考え方なのです。少数派の非キリスト教徒はキリスト教の慣習に縛られなくても良いよという意味でシビル・ウエディングその他の簡略化した制度があるのであって、キリスト教式に則ってやるならばもちろん英国王室の宗教なる英国国教会で行うならそうはならないのです。

 ですから、英国の場合英国国教会の信徒が結婚式を挙げるのは居住地域の教区の教会であったり、結婚式の前に数週間、この二人が結婚するけど重婚の疑いはないか公示の義務があったり、その義務を免れるために最近の英国の若者が国教会を「抜ける」人がでてきたりとまあいろいろあるのですがそれはまた別のお話しです。

イギリスでは5人以上いないと結婚できない?

 話は変わりますが、ジャスティン・ホフマン主演の『卒業』という映画を皆さんはご覧になったことありますでしょうか?その映画の中の名シーン、ヒロインが意中の人と違う人と教会で結婚式を挙げている矢先、主人公が式場に乱入、主人公の愛に気が付いたヒロインは混乱する参列者をしり目に主人公とともに式場を後にするシーンです。また、映画『卒業』を観たことがなくてもキリスト教式の式文で牧師あるいは神父が「このふたりの結婚に異議のある者は今すぐ申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ」といって参列者の中から「意義あり」とか「ちょっと待った~!」といって結婚式が混乱するというパロディの作品は誰しもが見たことがあると思います。

 さて、この『卒業』は米国映画ですが、でも伝統的なキリスト教の礼拝の式文には「このふたりの結婚に異議のある者は今すぐ申し出よ、さもなくば永遠に沈黙せよ」という一節があるのをご存じだと思います。
 このセリフは司式者である牧師が証人である参列者に語り掛けるものでしょう?
 そう、キリスト教式の伝統的な式文に従うなら結婚式は司式者、新郎、新婦の3人だけでは足らないのです。その3人以外に複数の証人が立ち会わなければいけません。そもそも、キリスト教の入信の儀式であるバプテスマもそうですが、心の中の目に見えない事柄を儀式を通じて公にし、神と人の前に目に見える形で明らかにするという意味があるので、秘密の結婚式という考え方が式の本来のあり方からずれているとみられます。英国国教会はプロテスタントの教派の中でもカトリックと同じく儀式を大変重んじる教派ですので、証人のいない3人だけの結婚式を正式な結婚式とは認めていないはずなのです。
 ですから、メーガン妃の極秘婚の後、英国国教会のトップ(カンタベリー大主教)は確かに裏庭でヘンリー王子とメーガン妃に面談したけれど、それは法的な結婚式ではないと火消しをしたのはそのためなのです。
 日本では結婚式場の牧師のように儀式に特化した方もいらっしゃいますが、単なる儀式屋と誤解されないように、私を含めて司式の依頼をされたときに結婚式の前後に新郎新婦だけをお招きして、「聖書が語る結婚とはなにか」、「キリスト教が示す幸いな結婚生活の秘訣」のようなことをアドバイス、カウンセリングされる牧師さんもいらっしゃいます。そして、それを儀式以上に重要視されている聖職者の方もおられます。
 以上、日米英の婚姻制度の違いとヘンリー王子・メーガン妃の極秘婚騒動でした。