2026年 新年のご挨拶 −SALTY−

 

 

 

日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 代表
網干キリスト教会 牧師

SALTY 2026年 新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

お正月は爽やかな朝をイメージします。「さあ今日(今年)もやるぞ」という決意が出そうです。

そういえばクリスマスは夜のイメージです。「ゆっくり休んで楽しもう」と。

讃美歌30番(讃美歌21では211)は、「朝風静かに吹きて小鳥も目覚める時」と朝のすがすがしさを歌っています。

この詩は、「アンクルトムの小屋」の作者ストウ夫人、曲はメンデルスゾーンのピアノ曲「無言歌集9番」からとられてます。歌のサラブレッドです。
3節が1-2節とだいぶ違うことに気づいておられますか?

個人的には21の
「輝くとこしえの朝 命にめさむるとき」が好みなのですが、意味が薄められて、ますます気づき難くなっています。

旧讃美歌では「輝くとこよ(永遠の世) のあした(朝) 我が魂目覚める時」

そうです、この世での使命を終わり、永遠と思える眠りについた後のことです。目をさまして神と顔と顔を合わせるその日です。

私も喜寿となりました。昔からのワル仲間からの新年の挨拶に、一休宗純禅師の引用が複数入ってきました。「正月(門松)や 冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」
でもこの句、私は好きなのです。
走るべき道のりは、あとどれくらいかわからないけど、大切にしていこうという思いになれるので。

子供たちに「もう夜も遅いので、そろそろ寝なさい」と言っても、遊びに夢中な子供たちは「ヤダ、もっと遊びたい」と反抗します。やがて疲れて深く眠り、朝になって「そろそろ起きなさい」「ヤダ、もっと寝たい」

我々の世代は人生の終わり、晩年と言われます。

晩年というと寂しく悲しそうですが、実はクリスマスに限らず、晩は1日の中で一番楽しい時です。仕事から解放され、寝るまでの間、しっかり楽しみます。

いろいろ恥ずかしい言動を続けた人生ながら、十字架の赦しを確信できる幸いを覚え、床につき、永遠の朝の目覚めを楽しみにできることに、大きな幸いを覚えます。

もっとも私などは「神様、もうちょっと寝かせて」と怠惰好きのわがままをやりそうです。

2026年も、今年の走るべき行程を走って、やがてパウロ先生のように義の栄冠をいただくほどの自信はないけど、「あなたなりによくやった」と言われる一年でありたく思います。

皆様方におかれては、幸いと喜び溢れる一年でありますように。

 

我々SALTY一同、一文字一文字にその祈りを込めて今年も励んでまいります。

引き続きのサイトへのご訪問をお願いします。

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