「面従腹背」型の キリシタン − 久保田 Ukon 典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』

 高槻・Ukon:第18回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

 

「面従腹背」型の キリシタン

● 豊臣秀吉が、1587年に出しました 「 伴天連追放令 」 ですが、髙山右近の所にも、秀吉から、使者が遣わされて来て、“ 信仰を捨てて、秀吉だけに仕えるように ” 命令してきます。

 右近は、「 関白秀吉様のことを 大切に考えて、お仕えするつもりに 変わりはありませんが、神 ・ デウス への信仰を捨てるということは、話が違います。
神 ・ デウス への信仰を捨てる、ということは出来ません。」と、はっきりと 答えました。

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市中の山居 − 久保田 Ukon 典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』

 高槻・Ukon:第17回

 


久保田 Ukon 典彦

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

市中の山居

「 市中の山居 」 「 和敬静寂 」 「 一座建立 」

● 髙山右近 他、キリシタン時代の 茶の湯において、
「 市中の山居 」 「 和敬静寂 」 「 一座建立 」 ( こんりゅう ) の 3つの精神は、殊に 大切なことと 考えられていました。

“ 世間の すべてのものから離れて、真の 心の自由に至り、世の移り変わりを越えて、心の安定と平和に至る ” ━━ ために、茶の湯の道を 追い求めていったのでした。

● [ 市中の山居 ] ( しちゅうの さんきょ ) について、
ロドリゲス が 「 日本教会史 」 の中で、キリシタン茶人達から聞き取ったと思われる内容を、くわしく 書き留めてくれています。

髙山右近のことも 記していますから、
[ 利休七哲 ] で “ 利休 極上一の弟子 ” であった 髙山右近からも、多くのことを聞き取り、教えを受けたことを 書いていったことでしょう。

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皆の衆、大日を信じなされ! − 久保田 Ukon 典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』

 高槻・Ukon:第16回

 


久保田 Ukon 典彦

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

皆の衆、大日を信じなされ!

● フランシスコ ・ ザビエルが 宣教師として、キリスト教的基盤の一切ない 日本の国にやって来て、それまで 人々が 聞いたことのないような、キリスト教の 神や信仰を伝えていったわけですから、その大変さは、私たちの想像を はるかに超えたものだったことでしょう。

 日本人に 日本語で キリスト教を伝えていくために、パウロ弥次郎という よき協力者を得たわけですが、弥次郎の 宗教的基盤は、仏教の 真言宗でしたし、それ以外に 日本語としての キリスト教用語なんて ないわけですから、既成の言葉の中で、最も近い意味の言葉を選んでいくしかありません。

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ザビエルと弥次郎との 対話・言行一致しているなら! − 久保田 Ukon 典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』

 高槻・Ukon:第15回

 

 

※写真は、大分駅前の「フランシスコ・ザビエル像」

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

ザビエルと弥次郎との 対話 ・ 言行一致しているなら!

「耳でだけ説教を聞くより、この目で説教を見たい。
ただ正しい道を教えるだけの人より、正しい道をともに歩く人がほしい。
そして、何にもまして望ましいのは、説教者たちが、彼らの信条どおりに歩むことだ。なぜなら、だれもが必要としているのは、正しいことが実行されているのを見ることだから。」(エドガー・A・ゲストの言葉)


日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、1547年12月7日頃に、マラッカで初めて、日本人・弥次郎と会いました。
 弥次郎は、かなりポルトガル語が話せましたので、通訳なしで、直接に、日本人と意志の疎通が出来たわけで、ザビエルは、弥次郎と出会ってから急速に、日本人や日本社会に関心を寄せていくことになります。

柔和な者たちによる回復 − 井草晋一 −

<再録・再掲載>
このメッセージは、新生宣教団の機関紙『恵みの雨』の1999年7月号に掲載されたものです。
21世紀の今、あらためて「平和とは何か」「回復とは何か」が問いかけられています。
SALTY での「再録」として掲載致します。
なお、所属と立場は、掲載当時のものです。




井草晋一:SALTY 編集長
・ピヨ バイブル ミニストリーズ 代表
・Piyo ePub Communications 代表
・近放伝 IT伝道委員会・委員長

『柔和な者たちによる回復』 

— The Restration by the Meek — (1999年7月)

「柔和な者は幸いです。
 その人は地を相続するからです。」
     (マタイ5章5節)
 
            日本メノナイト・ブレザレン教団
              能勢川キリスト教会 牧師
                  井草晋一
 
 能勢川バイブル・キャンプの前を流れる一庫大路次川(旧称・能勢川)の川辺は、今、緑一色。一年で一番緑の美しい季節を迎えています。特に雨あがりの若葉は、一段とその輝きを増し、見る者の心を和ませてくれます。グランドに立つと、周囲の木々の梢を揺らし、どこからともなく風が吹いてきては、また通り過ぎて行きます。

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救いの証し − 石川信隆 −

救いの証し                                    2018.12.7

 

 

     
石川信隆
防衛大学校 名誉教授
コルネリオ会(防衛関係キリスト者の会)会長

この度、コルネリオ会会長の石川信隆さんがご自身の「救いの証し」を寄稿されました。いのちのことば社の『百万人の福音』10月号に掲載されたものです。
あたらめて寄稿文に数枚の写真を加えて SALTY に掲載いたします。

コルネリオ会教職顧問(関西地区)
SALTY 編集長:井草晋一 

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三木パウロの十字架上からのメッセージ   −久保田 Ukon 典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』

高槻・Ukon:第14回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

三木パウロの十字架上からのメッセージ

 「 河内キリシタン 」の 三木半太夫の息子で、「 日本二十六聖人 」の一人となった 三木パウロ が、十字架上から語った 最後の言葉が ルイス・フロイス神父によって記録されていますが、どのような内容だったのでしょうか。

 「 日本二十六聖人 」と言われている人たちが、長崎の 西坂の丘で十字架にかけられ 殉教したのは、1597年2月5日。

 当時、長崎にいた ルイス・フロイス神父が、1か月後の 3月15日付で、殉教者たちの 最後の様子を 記録にとどめてくれています。

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苦難に対する三つの型 –久保田 Ukon 典彦–

『キリシタン史からのメッセージ』

高槻・Ukon:第13回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

苦難に対する三つの型

● 豊臣秀吉、続く 徳川家康や 秀忠、江戸幕府による 過酷なキリスト教禁教 ・ 迫害 ・ 弾圧が続いていき、バテレン ( 宣教師 ) や キリシタン達は、大変な経験をされていったわけですが ・・・・・・・

 戦国の この時期の弾圧が、歴史的に 他に例のないほどの 特別なものだったのか ━━ というと、それは そうではないようです。

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信徒全員の活動 – 久保田 Ukon 典彦 –

『キリシタン史からのメッセージ』

高槻・Ukon:第12回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

信徒全員の活動

  •  キリシタン時代の、一般信徒の活動・働きの大切さを見ていきたいと思うのですが
     私が在籍しています阿武山福音自由教会は、ここ4年3か月の間、髙山右近の頃の高槻教会と同じように、無牧・常住の牧師はいませんでした。

リタイアされた牧師など、いろんな方々が協力してくださいましたが、基本的に信徒でやってきました。
召天告別式(お葬式)も2回ありました。
礼拝メッセージも、どなたもお越しいただけない時は、信徒が交代でやってきました。 “ 世話人” と呼んでいる教会役員が4人いて、私もその一人でした。

この9月から、女性牧師が赴任してくださいました。 感謝主!

司祭・牧師が、各教会にいてくださるのは理想ですが、司祭・牧師の不足は、人々がどんどん救われていくのだとしたら、当然のことであるとも言えます。

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髙山右近さんとの対話 – 久保田 Ukon 典彦 –

『キリシタン史からのメッセージ』
高槻・Ukon:第11回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

 

髙山右近さんとの対話

● もし、私(久保田 Ukon 典彦)が、右近さんの時代に生きていて、右近さんに 教えを お願いするとしたら ━━ どうなるでしょうか。

※ 1600年 長崎出版 「 どちりな きりしたん 」 を もとにして

右近 「 『 ぱあてるのすてる 』 ( 主の祈り ) の おらしょ ( 祈り ) を知る事 肝要なれば、いま教ふべし。

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