戦時中の信仰者の苦しみは、現在の中国の兄弟姉妹の苦しみ −臼井猛−

臼井猛
SALTY論説委員

 NHK連続ドラマ「エール」は、設定がクリスチャン家庭ということもあって、実際の聖公会の信者である立教大学の先生が演技指導に関わっていることもあり、かなり細かいところまで気を使った設定になっているようです。そして、10月16日は、焼け野が原で薬師丸ひろ子さんが、「うるわしの白百合」の讃美歌を、彼女が玉川大学出身ということもあり、自ら歌いたいと申し出て、ネットで話題になっていますね。

 ところでキリスト者のオンラインニュースサイト「クリスチャンプレス」が、「エール」とキリスト教のつながりを連載しています。以下の部分が目に留まりました。

NHK連続テレビ小説「エール」とキリスト教(6) 特高ににらまれていたクリスチャン

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一座建立 −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第31回 

 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主催

一座建立

 

● 髙山右近たち、キリシタン時代の 茶の湯において、大切に考えられていた 3つの事柄は

「 市中の山居(しちゅうのさんきょ) 」 「 和敬静 ( 清 ) 寂(わけいせいじゃく) 」 「 一座建立(いちざこんりゅう) 」 

 ━━ ということでした。

● 「 一たび 茶によって結ばれた 人間相互の結合は、いかなることがあっても、鎖断することがない。」  ( 西村 貞  「 キリシタンと 茶道 」 )

 “ 一たび キリスト によって結ばれた 人間相互の結合は、いかなることがあっても、鎖断することがない。”

 ━━ と 言えそうですネ。

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和敬静寂・和敬清寂 −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第30回 

 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主催

和敬静寂 ・ 和敬清寂 

 

● 髙山右近たち、キリシタン時代の 茶の湯において、大切に考えられていた 3つの事柄は、

 「 市中の山居(しちゅうのさんきょ) 」 「 和敬静 ( 清 ) 寂(わけいせいじゃく) 」 「 一座建立(いちざこんりゅう) 」 

 ━━ ということでした。

 

 これらのことを 極めながら、

 “ 世間の すべてのものから離れて、真の 心の自由に至り、世の移り変わりを越えて、心の安定と平和に至る ”

ことを 目指していったのでした。

 

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書評 倉山満著『桂太郎』 −中川晴久−

 

 

 

中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
主の羊クリスチャン教会牧師
SALTY-論説委員

<はじめに>

「なぜ桂太郎を描くのか」という問いに対して、著者の倉山満氏は「今の日本に求められている宰相だからです。こんな総理大臣が欲しい!その人物こそ、桂太郎です。」と冒頭で述べています。

私がこの本『桂太郎』を薦めるのは、桂太郎という人物を通して、この本が日本の近代史のエッセンスやアクセントなどを見事に教えてくれるからです。特にキリスト者は、日本がキリスト教世界と本格的に触れることになった幕末そして明治において、私たちの祖先がこれをどう受けとめ、また何を憂いていたかを知ってほしいのです。

これまで日本のキリスト教界では、日本近代史に対しては「戦争責任」を標榜したリベラル層から、さまざまな問題提起がなされてきました。しかし、そこには戦後のWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム:War Guilt Information Program)などの歴史認識の歪曲工作や「南京大虐殺」「従軍慰安婦の強制連行」などの偽証と捏造の政治的プロパガンダがそのままになっており、それをそのままに日本の近代史を眺めるのにはもう限界がきているのです。今後はむしろ、日本において急速に拡大している保守的な考え方の人たちの歴史認識において、私たちキリスト者はこれまでとは違う問いを突き付けられることとなるでしょう。
その時、キリスト教会は時代が要請する問いに答えを用意する必要があるのです。

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虚像と実像 −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第29回 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

虚像と実像

● 私たちの 主イエス・キリストにも、髙山右近にも、当時の、残された画像があるわけではありません。

 イエス・キリストの場合は、「 聖書 」 があります。また 歴史史料を補助として、“ 私のキリスト像 ” を心に描いていくことになります。
“ これが正解 ” というものが ないわけですから、百人百様 の キリスト像になります。
絵画 ・ 彫刻 ・ 小説 ・ 映画 ・ ドラマ ・ 音楽 ・・・・・ いろいろな形で表現された キリスト像を見て、共鳴し・感動してきました。
それぞれが、真摯に、精一杯の キリスト像を描き ・ 演じ ・ 表現しています。
それぞれに対して、私の琴線に触れるものには、私も共鳴していくことになります。

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『集団免疫』を求めるのか、それとも『日本民族の姿』を求めるのか? −井草晋一−

 

井草晋一
SALTY 編集長
日本メノナイトブレザレン教団
武庫川キリスト教会  協力牧師

『集団免疫』を求めるのか、それとも『日本民族の姿』を求めるのか?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する感染防止の取り組みについて、西洋社会の一角、それも、20世紀以来の福祉国家と言われる、スウェーデンの「集団免疫政策」の報道を知り、驚きを禁じ得ません。

<Newsweek 2020-0501>
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93307.php

しかし、日本の場合は、発熱者、体調不良の自覚者のみを検査し、軽症以上の人を自宅待機、指定されたホテルでの自主隔離、また、重病の方や重症化の危険性のある方のみを入院させるという方法は、この「スウェーデンの集団免疫政策」に近いのかも知れません。(4月末現在)

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日本語 は むずかしい! − 久保田典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第28回 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

 【 日本語 は むずかしい! 】

● 1549年8月15日に、フランシスコ ・ ザビエルは、祈り ・ 願っていた 日本の地に やってきたのでしたが、

日本に来るまでの 2年間の 準備の間、日本に関する 情報を集め、日本語についても、少しは 習得しようとしたはずです。

しかし、言葉を語って、キリスト教のことを 伝えていこうとしている宣教師にとって、言葉の問題は、一番大きな課題でした。

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イエズス会と茶道 −久保田典彦−

写真:「 茶室で祈る髙山右近 」 ( 柳柊二・画 )

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第27回 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

イエズス会と茶道

● 日本に初めて 正式にキリスト教を伝えた 宣教師フランシスコ ・ ザビエルを始め、巡察師ヴァリニャーノや オルガンチーノ神父など、イエズス会の宣教師たちは、

日本人に キリスト教を伝えていくためには、

日本 ・ 日本人を よく理解し、それらに適応していきながら、願いである “ 救いの福音 ” を伝えていくことが 大切なことであると考えていました。 ( 全員が 一致していたわけではありませんが )

“ 日本人とお茶 ” の関係 ・ 日本文化としての “ 茶の湯 ” ( わび茶 ) が、日本では 大切に考えられていることを 認識していきました。

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日本で最初に祝われた クリスマス −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第26回 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

日本で最初に祝われた クリスマス

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

日本で最初に祝われた クリスマス は、いつのことで、どのようなものだったのでしょうか。

 いつのことか、と言いますと、今から 467年前の、1552年12月25日 のことです。
時代で言いますと、室町時代になります。

 宣教師の フランシスコ ・ ザビエルが、日本に キリスト教を伝えたのが、1549年のことですから、その3年後に、日本最初の クリスマス ミサ ・ クリスマス礼拝がささげられました。そして、愛餐会がもたれ、祝われています。
場所は、山口県山口市の 司祭館 においてです。

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宣教師たちのご苦労 −久保田典彦−

*写真:高槻城跡公園の「髙山右近像」

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第24回 

 

 

久保田 Ucon 典彦

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

宣教師たちのご苦労

「日本巡察記」(「日本諸事要録・スマリオ」)

[ ヴァリニャーノ・著]  第20章

「日本の習慣、法律その他はきわめて新奇であるから、これを判断するに際しては、何びとも、ガエターノやナバーロその他のヨーロッパの神学者の説によって導くことは出来ない。
日本においては、学問(神学)以外に、日本の習慣、統治、態度、動作に関する豊富な経験から得た思考や思慮が、物事を判断するのに必要である。」
 
● キリシタン達は、日常のくらしの中で、身近な・切実な・具体的な問題に対して、司祭たちに質問を寄せてきます。
 ・仏教徒である親族の葬式に、キリシタンとして参列してもよいか?
 ・キリシタンである娘を、同等の身分の仏教徒と結婚させてもよいか?
 ・夫がキリシタンで、妻が仏教徒であり、妻がキリシタンになる意志がない場合、どうしたらいいのか。離縁すべきか?
 ・やむを得ない状況では、キリシタンに、切腹は許されるのか?
 ・教名の「アフォンソ」 が日本語の「阿呆」に、「ジュリアナ」が「十里」に通じるので、教名を変えてほしい!
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