中国キリスト教の躍進に学ぶ(3)−亀井俊博−

*写真:「ゴルゴダの道」_宮地聴 作_1985・日展入選作品

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「中国キリスト教の躍進に学ぶ」(第3回)

<第3回(最終回)>
・3回の連載で掲載いたしました。(SALTY編集部)

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「中国キリスト教の躍進に学ぶ」

 

(C)中国キリスト教躍進の要因分析と日本キリスト教の学ぶべき点

 中国宣教は、世界の教会の悲願でしたが、無神論共産主義に阻まれ、宣教の門は閉じられていました。多くの欧米のチャイナ・ミッションは中国から撤退させられたのです。しかしその閉鎖状況の中に、教会は大きく成長していたのです。まさに神の恵みであり、人間的には奇跡と言うほかありません。同時に、人間的視点からその発展の要因を探る事も、無意味ではないでしょう。以下わたしの要因分析を述べます。

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中国キリスト教の躍進に学ぶ(2)−亀井俊博−

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「中国キリスト教の躍進に学ぶ」(第2回)

<第2回>
・3回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

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(c)改革開放時代

 1990年代、文化革命による、社会の破壊と荒廃から再建するため、1989年の天安門事件を経て、鄧小平が“改革開放”を唱え、政治の共産党支配、経済の資本主義市場導入を計りました。その結果、欧米との国際交流が盛んとなり、1990年以降宗教ブームが生じ、キリスト教会も中国駐在のビジネスマン、外交官、学生等のキリスト者の礼拝のため、北京、上海に「国際教会」(International Christian Fellowship,ICF) を認可、ホテル礼拝、やがて会堂が建てられ、パスポートを提示し外国人信徒の礼拝が認められました。これは共産党政府下の「特区」としての市場開放、宗教開放策でした。しかし中国人への伝道は禁止され、中国人キリスト者との交流も認められませんでした。

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中国キリスト教の躍進に学ぶ(1)−亀井俊博−

・写真:ネコヤナギの花

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「中国キリスト教の躍進に学ぶ」(第1回)

<第1回>
・3回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

(A)中国キリスト教の躍進に学ぶ

 “戦前の中国のキリスト教徒は、ライス・クリスチャンと呼ばれ、宣教師がお米をくれるから教会に来ていた。だから今は無神論の共産党支配になってしまい、教会は消滅したと思う”、わたしが半世紀も前に戦前の中国の教会を知る先輩牧師からお聞きした話です。

 しかしこの予測は見事に裏切られました。2025年、中国キリスト者数は1億6千万人を数え、2030年には2億4・7千万人に成長し、アメリカを抜き世界一のキリスト教人口になると予測されると言う(Fenggang Yang、米国バーデユ大学教授)。

 そこで危機感を抱いた中国政府は、強力な規制をキリスト教にかけていると言う。わたしはこの奇跡的な現象に関心を抱き、さらには省みて日本のキリスト教不振に比べて、中国キリスト教から学ぶべき事がないか、牧師として切実な思いを持っていました。

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新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(4) −亀井俊博−

・写真:梅の花(能勢川バイブルキャンプ)

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(4)」

執筆:2021年1月13日

<第4回(最終回)>
・4回の連載で掲載いたしました。(SALTY編集部)

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(D)実践神学的考察

(a)コロナと宣教学(ミッシオロジー)

 世界宣教の使徒パウロは、議会サンヘドリンに訴えられた訴状で「この男は、疫病(ロイモス)のような人間で、世界中に」伝道している人物と紹介されています(使徒 24: 5)。今、世界の教会はパウロに倣ってコロナ感染の“疫病”に勝る、福音宣教力(感染力?)を頂く聖霊によるリバイバルの好機にいると信じます。
京都学派今西スクールの生態学者、梅棹忠夫の著作「文明の生態史観」にほとんど注目されませんが、興味深い疫病と宗教との関係を取り上げた、論文があります。梅棹によると、感染病はヒトの体に感染する様に、宗教も精神的に感染するので似ている。まあ、疫病と宗教を似ていると言うのは、冒涜的に思いますが、我慢してお聞きください。コロナ時代の宣教学に参考になる事もありますから。

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新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(3) −亀井俊博−

・写真:エリカクリスマスパレード

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(3)」

執筆:2021年1月13日

<第3回>
・4回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

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(c)コロナの非人称関係論的神学考察

①前近代的思考、近代的思考

 まず、コロナを(われーそれ)非人称関係論的神学の観点から考察します。生態系としての地球環境の一自然現象としてのコロナと人間との関係です。コロナは自然現象であり、人格はありませんので、非人称関係と言う事です。

 前近代の時代では、疫病は疫病神・怨霊の仕業、仏罰、神罰(梅原猛の怨霊封じ思想、古神道、仏教)、治療は加持祈祷、祭礼でした。また中国では天地の気の乱れが体内に侵入し身心バランスを崩すのが病気であり、鍼灸、漢方薬による合理的治療が一部でなされたが、やはり悪霊の業への非合理的呪術(道教)が大勢であった。まさにM・ウエーバーの説く「呪術の花園」(「儒教とピューリタニズム」)であった。さらにはキリスト者でも神の裁きだとか、現代でも一部の人は想うでしょうが、そう言う前近代的、非科学的思考はユダヤ・キリスト教による「脱呪術化」的思考により形成された近代科学教育の洗礼を受けた現代人には、少なくとも意識的には通用しないでしょう。勿論一皮むけば前近代的思考が深層意識にあって、こういう危機の際頭をもたげ、お祓いや厄落とし、疫病退散の護摩焚き祈願に向かうのですが、精神的退行現象です。

 ここでは、19世紀「近代細菌学の父」と言われる、R・コッホ(結核菌、コレラ菌)、L・パスツール(狂犬病菌、炭疽病菌)による細菌の発見、治療法としてのワクチン開発、公衆衛生学の普及等の、近代医学と言う非人称(われーそれ関係(M.ブーバー、人間と自然科学の対象としての自然との関係でコロナを論じる)関係を共通思考の前提で考察します。

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新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(2) −亀井俊博−

・写真:雪の中の蕗の薹

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「新型コロナ・ウイルス感染症の神学的考察(2)」

執筆:2021年1月13日

<第2回>
・4回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

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(C)教義神学的考察

 これより本旨に入って、教義神学とコロナとの関係を考察します。教義神学にも多くの教義項目がありますが、特に創造論との関係を述べます。その前提の私独自の創造論を述べます。

 万物の起源を論ずる神学が創造論であり、終わりを論ずるのが終末論です。万物の起源についての人間の考察は、①無起源・無終末を説く循環論(仏教、輪廻転生)があり、②起源を認める論には、“うむ、なる、つくる”の三つの立場があります(「歴史意識の古層」丸山真男)。“生む、成る”は神道、儒教的立場です。“造る”が三大一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)です。

 創造論は特にキリスト教で発展し、近代科学を生み出す要因の一つになったと言われます(「近代科学の源流」伊藤俊太郎、「近代科学と聖俗革命」村上陽一郎)。正統的な創造論は既刊の神学書に譲り、現代の創造論を“生態論的創造論”とした神学者、J.モルトマンの立場で今回のコロナ問題に対応します(「創造における神」、J.モルトマン組織神学論叢 2 )。さらに構造主義神学的方法論として私の説く人称関係論的神学的観点からお話しします(拙著「まれびとイエスの神」、講話)。

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『集団免疫』を求めるのか、それとも『日本民族の姿』を求めるのか? −井草晋一−

 

井草晋一
SALTY 編集長
日本メノナイトブレザレン教団
武庫川キリスト教会  協力牧師

『集団免疫』を求めるのか、それとも『日本民族の姿』を求めるのか?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する感染防止の取り組みについて、西洋社会の一角、それも、20世紀以来の福祉国家と言われる、スウェーデンの「集団免疫政策」の報道を知り、驚きを禁じ得ません。

<Newsweek 2020-0501>
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/post-93307.php

しかし、日本の場合は、発熱者、体調不良の自覚者のみを検査し、軽症以上の人を自宅待機、指定されたホテルでの自主隔離、また、重病の方や重症化の危険性のある方のみを入院させるという方法は、この「スウェーデンの集団免疫政策」に近いのかも知れません。(4月末現在)

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書評 倉山満著『ウェストファリア体制』 −中川晴久−

 

 

 

中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
主の羊クリスチャン教会牧師
SALTY-論説委員

 日本の福音宣教を考えるとき、倉山満著『ウェストファリア体制』(PHP新書)が、いかに重要なテーマをであるか。〈日本のキリスト者が未だ語ってこなかったものであり、語らねばならないメッセージであり、語る使命がある〉。この『ウェストファリア体制』はそれを教えてくれます。私なりに「書評」という形でこの場をかりてお伝えしたい。私はこの本をぜひ日本のキリスト者にこそ読んでほしいと思っています。
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苦悩する髙山右近 − 久保田Ucon 典彦 −

※写真は、「荒木村重を説得する右近」柳柊二・画

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第22回 

 

 

久保田 Ucon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

 

苦悩する髙山右近

● 1578年、荒木村重の、織田信長に対する謀叛。
 荒木村重は、織田信長によって、“ 摂津国主”として任ぜられており、高槻城主・髙山右近は、その配下に置かれていました。
織田信長 ━ 荒木村重 ━ 髙山右近
その荒木村重が、主君である信長に反逆したわけですから、右近は、有岡城に出かけて行って、軍評の席で、“自らの良心に従って” 荒木村重に意見を述べます。
「恐れながら申し上げます。
池田勝正様の一家臣であられた殿を、摂津の国主に任命なさったのは信長公。いわば信長公は、殿の恩人と申せましょう。
その恩人に対して弓を引くことは、不正であり、忘恩と心得ます。」

聖書信仰の問題ってナニ? − 金井 望 −

SALTY 論説委員 金井 望

 

 年末の26日に藤本満師が「『聖書信仰とその諸問題』への応答1」という連載ものの記事を山﨑ランサム和彦師のブログで発表されました。これは、日本の福音派の聖書学徒には、必読の重要なエッセイです。

『聖書信仰とその諸問題』への応答1(藤本満師) | 鏡を通して ―Through a Glass―

『聖書信仰とその諸問題』への応答2(藤本満師) | 鏡を通して ―Through a Glass―

 藤本師が『聖書信仰 −−その歴史と可能性』を上梓されたのは 2015年11月です。それに先立って2014年11月に行われた日本福音主義神学会の全国神学研究会議で藤本師は「聖書信仰 ―その「近代主義」を超えて」という発題を行っておられ、学会誌『福音主義神学』46号(2015年発行)に同名の論文が収録されています。

「聖書信仰 ―その「近代主義」を超えて」

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