イラン・イスラム革命後に急伸した地下教会

(写真は、イランの地下教会

明石清正
SALTY論説委員
カルバリーチャペル・ロゴス東京 牧師
ロゴス・ミニストリー 代表

先日、イスラエル大使主催の、ホロコースト記念式典に出席した時、隣に座っておられる方が、著名な財団の方で、テレビでも解説されたりする大学教授の方でした。私が、教会の牧師であること伝えました。というのは、ユダヤ教のラビにつながりで、出席されていたからです。

「ユダヤ・ネットワークがあるように、教会のネットワークがあるんです。だから、情報が伝わります」と話しました。今、起こっていることは、我々、キリストを信仰する者には、当たり前に思われることで、実は少なくとも二十年前には知られていたことです。

対テロ戦が始まっていた頃、ムスリム圏への宣教が

つまり、2001年に911が起こって以来、対テロ戦が始まりました。世界では、イスラム過激派の問題が取りざたされている中で、キリスト教会は、ますますムスリムへの宣教の必要性が説かれていました。

私はただ、世界宣教の会議に出席していましたが、登場するのは次々と、ムスリム宣教の現場の方々です。そして、イスラム教についても教わりました。

今でこそ課題にされている、平和共存ですが、イスラムにおいては全く違い世界があります。

「平和の家」と「戦争の家」

「平和の家」と「戦いの家」の世界が分かれます。平和というのは、アッラーに従っている人々で、戦いの家はそうでない人々です。私たちが平和共存と言えば、互いに違う価値観があっても物理的に危害を加えないという意味の平和ですが、彼らは、ただイスラム教のアッラーに従っていないということ自体が、自分たちに戦いを挑んでいるとみなします。

イスラムに世界が完全服従することが平和なのです。だから、ただ信じていないことがすでに、相手をつまずかせていることになり、迫害を加えていることになり、だから防衛する(ジハード)になります。私たちから見たら、まるで加害者なのですが、本人たちにとっては被害者であり、自衛行為なのです。

ですから、これは霊の戦いであることを、宣教師や専門家たちは教えていました。これが、20年以上前の話です。

血肉によらない戦い

しかし、もちろん、キリストの福音宣教は、十字軍ごとく血肉の戦いをするのではなく、キリストに倣って、いのちも辞さない愛の犠牲をもって宣教に臨みます。また、幻を見るなどの奇跡で、キリストに回心するイスラム教徒が世界では至るところにいます。

イスラム教には過激派がいるのですが、キリスト教には、リバイバリズム、霊的覚醒派と名づけたらよいでしょうか、本気で、キリストのゆえに殉教して構わないとする、愛に燃え立つ者たちが続出するのです。

その筆頭が、イランです。中東で最も急速にキリスト者が増えているところです。イランは、1979年以後に、むしろキリスト者が急増しました。なぜか?イスラムとは、こんなひどいものだったのか!と、イスラム原理主義を見て、初めて知ったからです。

こうした、イスラムに幻滅した人々に、キリストの福音に触れて、猛烈な福音伝道者になっていくという事例が、次々と起こります。こんな人々の証しを生でも聞いて来たので、イランの地下世界で何が起こっているか、想像できました。

過激なイスラム教徒だった、イラン人ホルモズ・シャリアト。米国でキリストを信じ、イラン国内への福音宣教の衛星放送番組の伝道者へ。とてつもない数のイラン人がキリスト者となる。

過激なイスラム教徒だった、イラン人ホルモズ・シャリアト。米国でキリストを信じ、イラン国内への福音宣教の衛星放送番組の伝道者へ。とてつもない数のイラン人がキリスト者となる。

当然、長年、イラン国民が現イスラム政権で苦しめられてきた中に、これら地下教会のキリスト者たちはいます。同じように苦しみました。そして、イラン人は世界中で亡命し、移住し、そこで共同体を形成しています。

ロンドンでは、ユダヤ教徒とイラン人が共に歌って喜び踊っています。そして、この動画は、あの有名な賛美、Way Makerをペルシャ語で歌っているイラン人の兄弟姉妹です。

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同時に、日本のキリスト教会が、こうした世界の教会ネットワークから外されたところにいて、キリスト村と称してもよいような、内弁慶的空間になっていないでしょうか?