日本が堅持してきた「保守主義」 −西岡力−

写真:「終戦の詔書」(国立公文書館 より)

 

 

西岡力
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY-  主筆
麗澤大学特任教授
国基研企画委員兼研究員

日本が堅持してきた「保守主義」

2025/10/17

保守とは着実な「漸進主義」

 自民党総裁選で保守とは何かが議論になった。私は、先祖たちが築いてきた伝統と文化を大切にするという縦軸と、普遍的な価値観である文明を果敢に取り入れるという横軸の交わる地点で、急進主義に立たず一歩一歩、着実に物事を改善していく漸進主義が保守だと考えている。

 わが国はこのような保守の立場を堅持してきた。古代では中国文明を取り入れながらも易姓革命を排してわが国独自の皇室を中心にした国体を維持発展させた。明治維新では西欧に始まった近代文明を取り入れながらも、国体を維持して非西欧圏で初めて憲法を作り立憲君主制を確立した。この2つこそわが国が保守の立場から国造りをしてきた証しだ。

 その立憲君主制は昭和に入り、自由主義や議会制民主主義を敵視、あるいは軽視する左右の全体主義者たちからの挑戦を受けて大きく動揺した。江崎道朗氏は戦前の政治に関して、ソ連型の共産主義革命を志向する左翼全体主義者と、国家統制的な急進改革を志向する右翼全体主義者らに挟撃されながらも、自由と議会制民主主義を重んじた保守自由主義者らが立憲君主制を守り抜いたという枠組みを提示し、保守自由主義者の代表として昭和天皇を挙げた。

その昭和天皇が出した終戦の詔書の次の部分を私はいつもかみしめ続けている。

「敵は新たに残虐なる爆弾を使用してしきりに無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶところ、まことに測るべからざるに至る。しかもなお交戦を継続せんか。ついにわが民族の滅亡を招来するのみならず、のべて人類の文明をも破却すべし。かくのごとくは、朕、何をもってか、億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せんや。これ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れるゆえんなり」

「終戦の詔書」(資料:国立公文書館)

 昭和天皇は米国の原爆使用を、「無辜を殺傷」するものだとして強く非難した。それに続いてこのまま戦争を続けると「ついにわが民族の滅亡を招来する」と述べた。ところが、その次に「のべて人類の文明をも破却すべし」と述べている。なぜわが民族が滅亡すると人類の文明も破却するのか。

昭和天皇_神奈川県横浜市にて(1946年2月撮影、満44歳)/(Wikipedia より)

日本が歩んできた道

 私は次のように理解した。西欧に始まった近代文明が、真の意味での文明、すなわち人類の普遍的価値になるためには、非排他性が絶対に欠かせない条件となる。西欧の白人たちだけの価値でなく、アジアやアフリカに住む有色人種もそれを学び、取り入れて近代国家を建設できなければ、近代文明が真の人類の普遍的価値になることはできない。

 わが国は幕末に帝国主義化した西欧諸国に出合い、彼らの植民地支配を受けないためには彼らの文明を取り入れて近代国家を作るしかないことを理解し、幕府を倒し明治維新を成し遂げ、多くの犠牲を払って近代国家を建設した。その大変革を皇室中心に行い、古代以来の伝統、文化の土台を大切にして崩さなかった。

 西欧諸国は当初、白人キリスト教文化圏の外の人々は支配の対象であって文明の担い手ではないと見ていた。しかし、彼らが始めた文明が人類の普遍的価値観だと言えるためには他の文化圏の人々もその担い手にならなければならない。西欧キリスト教文化圏に属さない日本が明治以降、文明化への必死の努力を続けて人類の普遍的価値を実現させていったことは間違いない。

伝統守り普遍性果敢に追求

 そのことを前提に、昭和天皇は連合国に対して、次のように主張したのではないか。あなたたちが始めた近代文明はついに原子爆弾というこれまで地上になかったすさまじいエネルギーを手にした。しかし、その原爆のわが国への使用は無辜の民の虐殺という許しがたい結果を生んだ。それは明確な戦時国際法違反だ。近代文明は法による支配という普遍的価値をも私たちに教えたのではなかったのか。あなたたちが普遍的価値を踏みにじってわが民族を滅亡させるなら、それは近代文明の普遍性、非排他性の否定、即ち人類文明の破却に他ならない。わが民族が亡びた後に残るのは、白人がむき出しの暴力で有色人種を支配、搾取し続ける非文明的世界だ。

1983年(昭和58年 11月9日)、国賓として来日したアメリカ大統領のロナルド・レーガンと昭和天皇(Wikipedia より)

 昭和天皇は普遍的価値観に立ってここまで主張した上で先祖が築いてきた伝統、文化を大切にする立場から、「朕、何をもってか、億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せんや」と述べ、今を生きる日本人だけでなく、皇祖皇宗の神霊にも申し訳ないとして、ポツダム宣言を受諾すると表明した。

 その上で国民に向かい「総力を将来の建設に傾け…誓って国体の精華を発揚し、世界の進運に後れざらんことを期すべし」として過激な行動をとるなと述べた。ここに、私の考える保守、すなわち冒頭に述べた、先祖たちが築いてきた伝統と文化を大切にするという縦軸と、普遍的な価値観である文明を果敢に取り入れるという横軸の交わる地点における漸進主義が表れている。

(にしおか つとむ)

産経新聞 2025/10/17

<正論>『日本が堅持してきた「保守主義」』より転載

ーーー