
中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
SALTY-論説委員
・安倍晋三元首相銃撃事件以降、日本社会には「山上徹也被告(以下、山上)は旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の“宗教被害者”であり、その帰結として凶行に及んだ」という物語が、広く流通してきた。
・山上の裁判員裁判は、2025年12月18日に結審し、2026年1月21日の東京地裁判決を迎えようとしている。ところが事件から約3年半にわたり公判が長期化する過程で、山上の人物像は、当初の印象とは異なるかたちで語り直されていった。象徴的なのが、いわゆる「宗教被害者としての山上」というイメージである。
・この認識は、メディア報道や一部ジャーナリストの発信によって、ほぼ前提のように扱われてきた。しかし、公開されている事実、裁判で明らかになった供述、関係者の証言を丁寧に点検すると、世間に流布してきたナラティブ(物語)には、見過ごせない齟齬が存在する。
・本稿では、確認可能な情報に基づき、通説とされてきたポイントを一つずつ検証する。
1.山上家の「家族崩壊」は宗教が原因なのか
・山上家の家族崩壊は、母親の統一教会信仰以前にすでに始まっていた。この事実は大変重要だ。まず、山上被告の父の死が、母の入信前であった事実を確認しておく必要がある。
・初期報道では、毎日放送が2022年7月16日「山上徹也容疑者の伯父『母親の入信は1991年』旧統一教会側は『1998年』と説明…両者の話に齟齬」[1]とのタイトルで、「逮捕された山上徹也容疑者の母親が旧統一教会に入会したのは、1984年に容疑者の父親が自殺したことがきっかけだったことが分かりました。」と伝えている。
・初期の報道には多くの間違いがあるが、その一つが山上の母親の統一教会への入会の時期と父親の自殺についての報道である。事実として、1991年に山上の母親は統一教会の日韓人教会と出会っている(正式入会は1997年)。また父親の自殺は1984年であることも確認されている。父親の自殺は1984年であり、母親が統一教会を知る7年も前のことで、時系列的にも父親の自殺と母親の統一教会信仰との因果関係はない。
・むしろ母親の入信の切っ掛けは、長男の病気の心配が大きな要因であったことを、著述家の加藤文宏氏が月刊『正論』2026年2月号の「山上家の深闇-安倍暗殺犯、本当の動機」にて詳しく伝えている。
・山上の兄は1979年に生まれ、幼少期から重い病を患っていた。生後間もなく首の腫瘍の摘出手術を受け、その後も成長過程で深刻な病状が続いた。1989年には眼球奥に腫瘍が見つかり、開頭手術を受けた結果、片目の視力を失っている。加藤氏は山上家の当時の様子について「アルコール依存症の父からの暴力の悩み、(母は)一人で家庭を切り盛りしていた」。また、「長男は10代後半から家庭内で激しい暴力を振るっていたので、彼が自宅に引きこもるようになると母は精神を張り詰めて生活しなくてはいけなくなった。」と伝えている。
・さらに、父親の死後、山上一家は母方の祖父が経営する建設会社の事業を手伝うことで生活基盤を支えられていたが、1990年代のバブル崩壊で同社の資金繰りが急速に悪化し、最終的には多額の負債を抱えて経営が行き詰まる中で、祖父との関係も悪化し、母親が職を失ってもいる。
・山上被告の家庭環境を理解するうえで、父親の自殺と、その前後に起きた出来事は重要である。こうした家族の不幸が重なるなかで、母親が統一教会に関わるようになった背景がある。統一教会への入信が家庭を不幸にさせたのではない。
2.山上の経済的問題と自殺未遂は、統一教会とどう関係するのか
・山上は2005年、海上自衛隊在職時に自殺未遂を起こしている。この自殺未遂については、関係者証言として以下の点が報じられている[2]。
①自殺未遂は、母親の信仰が直接の原因ではなく、父親の自殺と自分を重ね合わせ、生命保険金を家族に残すという思考に基づくものだったとされる。
②少なくとも、裁判で、山上本人も自殺未遂の理由について、統一教会との関係を否定しており、宗教信仰を直接結びつける説明はしていない。
・また事件後に広く流布した「経済的困窮によって進学できなかった」という説明についても、検証が必要である。
・毎日新聞2025年12月2日は「カルト被害者を救済したい 法曹目指した山上被告、阻んだ母親」 というタイトルで、山上の母が山上の志す学業を阻んだと誤解される記事を出しているが、公判・報道によれば、山上被告は大学の通信教育課程に進学しており、その保証人になっているのは母親である。
・ファクトチェックで有名な弁護士の楊井人文氏が寄稿した2026年2月号 月刊『Hanada』「安倍元総理裁判傍聴記②」では、「山上は30歳を過ぎてから通信制の中央大学法学部に入っている。母親に保証人になってもらったが、1年ほどで除籍になった。」とあり、山上自身もその理由として「司法試験に受かるのには相当時間がかかるし、受かっても仕事があるとは限らないと知り、だんだん興味を失っていった。」(12月4日公判)と語ったと、楊井氏は報告している。
・また、経済的に行き詰まった直接の要因として、銃器や爆発物製造に相当額の資金を投じ、借金を重ねていた事実が、捜査・公判過程で明らかになっている[3]。
・したがって、宗教被害による貧困、そのための進学不能という単純な因果関係は、事実とは一致しない。
3.母親への返金と金銭の流れ
・母親と教団との金銭関係については、公判で具体的な数字が示されている。山上の母親は2002年に自己破産をしたが、その後、2005年に母親は教団側から、総額約5,000万円規模の返金を受ける合意を結んでおり、山上もこれに同意している。それにより月30〜40万円程度の返金・生活費があったことを検察側が明らかにしている[4]。裁判を傍聴していた楊井氏は「この返金から山上にも30歳前後の4年間、毎月13万円が渡されていたことも明らかにされた。すべての献金が返えされたわけではないが、山上自身もサインした合意書どおり5000万円完済され、支払いが不十分といった不満は聞かれなかった。」(2026年2月号 月刊『Hanada』)と報告している。
・これらの事実から、母子間の金銭関係が完全に断絶されていたとは言えないし、また山上の妹も伯父や叔母からの支援を受けて母親の自己破産の後に私立高校に入学し私立大学にも進学している。加藤文宏氏は「母はA氏の姉から30万円で買った自動車を使用していたので、燃料費だけでなく維持費も捻出できていたことになる。」それも含めて「山上家の暮らしぶりは困窮していたとは言い難い状態だった。」(2026年2月号 月刊『正論』)と分析している。
4.妹の証言はどこまで信頼できるのか
・山上の妹は、弁護団側を通じて「兄は宗教被害者だった」と証言している。一方で、報道によれば、兄妹は成人後に長期間別々に生活しており、事件前に最後に会ったのは数年前だったとされる[4]。
・この生活距離を踏まえると、兄の内面や動機について、どこまで直接的に把握していたのかは、慎重な評価が必要である。
5.山上自身の発言と世間的ナラティブとの乖離
・注目すべき点として、山上本人が、世間で描かれている自身の人物像と距離を取る発言をしていることが挙げられる。山上ナラティブの影響で差し入れられた約600万円に上る支援金について、山上自身が「この裁判が終われば、自分が考えていたのとは違う人間だとわかるだろうから、返すべきだと思っている」(楊井氏、2026年2月号 月刊『Hanada』)と述べたことが報じられている[5]。
・これらの発言は、いわゆる「宗教被害者ナラティブ」と、本人の自己認識との乖離を示す重要な材料である。
巻末注(出典)
[1] 毎日放送 2022年7月山上徹也容疑者の伯父『母親の入信は1991年』旧統一教会側は『1998年』と説明…両者の話に齟齬
[2] 毎日新聞 山上被告、自殺未遂は「保険金残そうと」 母が1億円献金で破産
[3] 毎日新聞 借金で手製銃作った山上被告 経済的に切迫、標的を教団幹部から変更 |
[4] 毎日新聞 アベ暗殺者は「極度の絶望にあった」と姉が感情的な証言で法廷で語る –
[5] 英語版ウィキペディア「Trial of Tetsuya Yamagami」
“Although he received monetary contributions from supporters, he intended to return the donations if those supporters came to see that he was not the person they imagined.”
(山上被告は「支援者から金銭的支援を受けているが、支援者が『自分が思い描いている人物ではない』と気づいたら、支援金を返すつもりだ」と述べた。)


