「キリスト教回帰運動」−アリマタヤのヨセフ

 

「キリスト教回帰運動」

                    アリマタヤのヨセフ

カウンタームーブメント/正常化

 あまりにも「左」(リベラリズム)に偏ってしまった政治に対して、「時計の振り子」のように、今世界中で「カウンタームーブメント」が起こっている。しかしそれは必ずしも「右」に振れるというより「軌道修正」「正常化」であって、いわば「中央」に戻ってきているということであろう(「右」に振れ過ぎて全体主義化しても問題)。

 このことは歓迎すべきことである。日本における高市政権の圧倒的勝利も、見事にこのことを示している。自民党の圧倒的勝利にも驚いたが、それ以上に驚嘆したのは今まで誰も出来なかった「サヨク・リベラル」の一掃という一大事が一気になされてしてしまったということである。しかし、これもいま世界中で起こっている「地殻変動」の一環であり、歴史的趨勢として理解されるべきであろう。


いま日本の左派系界隈、教育界、マスコミ、そしてなによりリベラル一色のキリスト教界が大パニック状態である。今までキリスト教界の保守派として「片隅」に置かれていたSALTYも、今後「中央」に位置されてくるであろう。

日本の政治状況だけに限定せず、ここではもっと広く、歴史的また聖書的視点から世界を考えてみたいと思う。

 「神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造りこれに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。(創世記1章26~27節)
「もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。」(ガラ3:28)

 西洋近代のいわゆる「普遍的価値」は「人権」であり「平等」であり「自由」である。人権という考え方はこの創世記の「人間は神に似せて創造された」を根拠にしている。人間は「神に似せて創造された」(Imago Dei)、動物や他の被造物とは決定的に違う特別な存在なのである。また「平等」と言えばこのガラテヤ書3章が根拠になっている。つまり、西洋近代の「普遍的価値」は基本的に聖書から出ているのである。

ミレイ大統領の演説

 先日スイスで開かれた「ダボス会議」でアルゼンチンのミレイ大統領が、西洋諸国を相手に非常に辛辣な演説をした。その演説でミレイ大統領が、今の西洋がダメになったのは三つの理由があると言っていた。それは西洋文化を造り上げてきた ①ギリシャ思想(理性)②ローマ文明(法律)③へブル・キリスト教(道徳)を軽視しそこから離れてしまったからである、と。

 この批判はまさに「ド直球」の現在の西洋批判である。ギリシャ思想とローマ文明も大事だが、決定的に重要なのはユダヤ・キリスト教だ。「グレコ・ローマン文化」も、ゲルマン民族の大移動でこの「蛮族」があのまま暴れまくっていたら継承されることもなく消えていたことであろう。この「バーバリアン」を「教化」したのはキリスト教だったのである。それによって中世が確立した。その点は世界史的にはやはり偉大なことであった。ところが今になって、このキリスト教が西洋では大きく揺らいでいるのである。

 ミレイ大統領はさらに、いま西洋では「実定法」が「自然法」の上に置かれるようになってしまったとも批判していた。「自然法」というのはわかりやすく言えば、神が定めた「普遍的な法律」のことである(「殺すな」「盗むな」等)。
「実定法」というのは人間がその時々の必要から定めた「相対的な法律」のことである。ミレイ大統領は、西洋諸国はいま「人間が勝手に書き換えた不自然な法律」=実定法を重視し「ギリシャ・ローマ・ユダヤ=キリスト教的価値観に根差した自然法的秩序」を無視しようとしている、と指摘した。

 私が5年ほど前欧州に行きがっかりしたのは「キリスト教離れ」という残念な現実であった。英国などでは、昔からの教会堂のいくつかが不動産の「物件」になっていた。それがナイトクラブ等に改装され使われているのである。

世界中がキリスト教(回復)を必要としている

 「自由・平等・人権」といった近代思想も、元々は「自然法」として理解されてきた。そして、それには聖書の存在が大きいのだが、神学的に厳密に言えば、聖書の言葉を人間全般に当てはめ「そのように見做してる」だけなのである。真にボーンアゲインしたキリスト者に当てはまるはずのことを「一般化」している(だから実はそこに無理がある)。しかし、それはそうであるけれども、「キリスト教的価値観」が西洋を作り、近代を作り、そして世界に行きわたったということは重要なことである。

 しかし、残念ながら今やそれらは、(私の謂う)「換骨奪胎」されて別物に成り下がっている。例えば「人権」は「自分の欲望を押し通すための免罪符」に成り下がり、「平等」は「人種差別反対」という美しい謳い文句として掲げつつ「不法移民すら無制限に入れる」理由に悪用されている。今欧州は、キリスト教を捨てたそのツケを支払わされているのである。

 キリスト教は個人の救いを確実に保証すると同時に、広義には「社会的救い」をももたらす。そこが凄い所でもある。西洋に限らず、世界中がキリスト教(回復)を必要とする所以である。
また、実際「キリスト教回帰運動」がいま世界中で起こっている。南北アメリカ大陸は西洋文化を踏襲しており、いわば西洋の「後輩」である。ミレイ氏はキリスト教を回復させ文化を建て直すことをもって、「先輩」である西洋に「恩返し」する(したい)と言っていた。

 キリスト教(回帰)こそ、いま全人類が最も必要としているものなのである。そして、その自覚を我々も自信をもって誇らかに持つべきである。そしてそこから我々の為すべきことが次々と示されまた出てくるであろう。

アリマタヤのヨセフ

 

*SALTY編集会議(2026年2月16日)での奨励より

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