アベノミクスを追う(1)-中川晴久-

 

 

 

 

 

 

中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
主の羊クリスチャン教会牧師
日本キリスト者オピニオンサイトSALTY 論説委員

はじめに

 かつて、ある経済評論家が「国の身体は経済で、政治はそこに着る服だ。」と言っていました。国家というものを見るときに、私たちはとかく政治ばかりを見がちです。しかし、経済が「お金の話」「儲け話」の類を越えて、人間の「衣・食・住」の問題を取り扱うものであると考えるならば、もっと経済を中心にとした視点から国家のあり方を見ることが必要になってくるのではないでしょうか。国家のあり方を見るといっても、人間の「衣・食・住」とは私たちの目の前の生の現実問題です。時に宣教のため、教会のため、崇高な信仰的な理念のために、必要とあらば自らを犠牲にすることもありなのがキリスト者なのかもしれません。ただ、たとえそうであったとしても、やはり大前提としてもっと自分の家庭を大切に考えてほしいのです。配偶者だって子供だって、自分だってもっと大切にしてほしいのです。生きていく上での「衣・食・住」の問題をおろそかに考えてほしくありません。

 そのような願いから、この『アベノミクスを追う』を書き始めました。私たちの生の営みとしての「生活」について語るということであれば、単なる「お金の話」「儲け話」の類とは違う意味での経済に対する見方を持つことができると思います。では、なぜアベノミクスかといえば、私たちの生活に直接関係しているのが現政権の経済政策である「アベノミクス」だからです。このシリーズ『アベノミクスを追う』では、一般に経済など今まで何も関心をもたなかった初心者にも分かるように話を進めていくつもりです。安心して読み進めてみてください。

深刻な問題

 さて、本題に入って行く前にもう一つ。いかに経済が私たちの生きる上での生活と密接に関わっているかを見てもらいます。以下のグラフは 警察庁Webサイトからのものです。

《自殺者数の年次推移》

 これを見ると、実に、平成10年以来、14年連続して自殺者が3万人を超える状況が続い ていたことが分かります。ところが、平成26年の自殺者数は25,427人となり、対前年比では1,856人(約6.8%)の減少となっています。つまり、アベノミクスがスタートしてデフレによる不景気に歯止めがかかるようになると、自殺者は3万人を下回り、さらに減少しつづけているのです。
もちろん人間の死にはさまざまな要因があるのだから、自殺で亡くなった方たちも自殺の原因を直接的に景気のせいにしたりはしないでしょう。また政府の打ち出す経済政策や日銀の金融政策、財務省の財政政策などは普通の一般庶民にとって専門性が高く、なかなか理解できないものです。しかし、失業者数と自殺者数にも相関関係があることすらもデータで証明されています。つまり、私たちに気づかないところで、景気は人の生死に大きく関わっているのです。景気は私たちの生活背景に溶け込んでいる全体的な雰囲気や気分のようなものなので、なかなか気づきにくいものなのです。これに一度気づいてしまうと怖くなります。

 厳しい言い方をすれば、数年前までの日本銀行は、政府の要請を拒み、頑なにデフレ政策をとることによって失業者数を増やし、日本人を大量に自殺に追い込んでいたのです。つまり、日本銀行が担う金融政策は、裁かれず日本人を大量に殺すこともできてしまったのです。もちろんこれは、言い過ぎに思えることでしょう。しかし、経済は「衣・食・住」の問題であるとの理解が進むならば、それは決して言い過ぎではなく、むしろ至極真っ当な批判だと言えるでしょう。それだけ経済政策は「衣・食・住」にとって深刻なものなのです。ただ、それでも今は、経済というものは人が生きる意味で決して粗末にできない問題を扱っているのだというところまで、漠然と理解していただいていれば結構です。アベノミクスは20年も続くデフレに終止符を打ち景気を回復するために、まず日銀の意識を変えるところからスタートしました。

 次回からアベノミクスとは何かを見ていきましょう