日本経済を守る~リフレ派理論~ -中川晴久-

 

中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
主の羊クリスチャン教会牧師
SALTY 論説委員

トランプ大統領は、新型コロナウィルスの影響で困窮している自国民のために、早い段階でお金を配ることを決断しました。日本政府のおそい対応とはまるで正反対です。

米国がなぜお金をすぐに配ったか?

 経済学におけるリフレ派理論が確立していたからです。
米国ではすでに恐慌についての分析と研究ができています。さらに恐慌から抜け出すノウハウもある。だから、米国はそのマニュアルに沿ってお金を出しました。
ノーベル経済学賞の受賞者が出るくらいのちゃんとした最先端の経済理論があってのことです。

< クリスチャンの方々へ >

この記事をご覧になる方は、クリスチャンが多いかもしれません。ここでは、信仰に関することはほとんど書かれていません。それでも私は信仰者です。ではなぜこの記事を書いたかといえば、私は経済を学ぶ中で、自分が信仰ゆえに陥りやすい罠を多く発見してきたからです。たとえば、新型コロナウィルス問題の経済対策で一律10万円の給付がさわがれるとき、条件付きか無条件かの議論で、「そんなにお金を欲しがるな。みっともない。」といった声をよく耳にしました。倫理道徳的には素晴らしいと思います。日ごろから自制心を養うクリスチャンには、なおのことそう思うのは当然かもしれません。私も経済をかじる前はそう考えたことでしょう。でも、経済の視点からはまるで反対、つまり倫理道徳ではかえってダメになってしまう話は無数にあるのです。経済を学んでいる中で、私が「これが正義である。」と思ったことが、かえって物事をダメにしてしまうという事例に何度も出会いました。正義を主張しそれが返って物事ダメにする。経済はそれのオンパレードです。少しでもそのことを知ってもらいたい。それがこの記事を書く動機でもありました。

< 経済とは >

経済とは、単に「お金の流れ」の話と思いやすいのですが、私は経済を「国の身体」と捉えています。政治はその国が着る「服」です。このたとえの語る真実は一つで、「服」よりも「身体」の方がずっと大切ということです。身体が守られるために服の役割はあるのが本来です。国民が豊かに安心して暮らせるようになることが、政治の大きな目的でしょう。だから外側の「着る物」のために、内側の「身体」が廃れるようであってはダメだということです。

実際、経済は単に「お金の流れ」の話だけでなく、国民の生活と生命を取り扱っています。国民の生活の営み「衣・食・住」といってもいいです。国民の生活と命に係わる「着るもの」「食べるもの」そして「住」は「安全保障」です。「住」といえば「家屋」とすぐに連想するのは、日本が島国で私たちが土地に密着して暮らせてきたからでじょう。しかし、「住」があるのは侵略されないからであることを忘れてはなりません。私たち日本人の意識が希薄でも、経済は安全保障を支えています。逆に、安全保障のないところでは、経済活動は脅かされ、自由で健全な経済は成り立ちません。経済の自己防衛機能として、安全保障は大前提であるといえましょう。日本人はとかく自分の国は侵略されないと思っています。しかしその侵略を裏で防いでいるは経済なのです。この話は別の機会にせねばなりません。
国民の生活と生命を取り扱い、深く関わっている重要な問題が経済なのです。

< リフレ派 >

みなさんが職にあふれることなく(完全雇用)、安定して緩やかな経済成長を続けるための指標が、インフレ率2-3%です。この指標はすでに複数国で「インフレターゲット」として採用されています。インフレ率とは去年に比べてどれくらいモノの値段(物価)が上昇したか(CPI)ですが、経済成長は適度なインフレ率の上昇を伴うと考えておいてください。
これを経済政策の目標とし、積極的な金融緩和で安定したインフレをつくろうというのが、リフレ派といわれる人々の主張です。金融政策は日本の中央銀行である日本銀行が担います。ですから、リフレ派理論にあっては日銀の動きは特に重要です。

< 精神のデフレモード >

ところが、政府が緩和策を行いたいときに、かつての白川方明前日銀総裁のように緩和策に逆らいどこまでも緊縮モードのまま日銀がいけば、デフレのドツボにはまります。インフレの逆、つまりデフレーションになれば企業は事業規模を縮小し、そのため失業者が増えます。これがどれほど恐ろしいことか。

失業率と自殺者数は見事な相関関係にあります。経済というものがどれほど人の生き死に関わっているか、以下のグラフで分かるでしょう。第2次安倍政権が発足し、黒田日銀総裁にあって緩和政策が行われると、たちまち失業率が改善され、自殺率もグンと低下します。年間1万人以上自殺者が少なくなりました。経済は人命と直結しているのです。

 

 

 

がやったとは言いませんが、裁かれず経済で人が殺せてしまうのです。デフレにあっては自殺者が3万人以上、ひどい時には3万5000人を越えました。だから一刻も早くデフレから脱出せねばならなかったわけです。救える命がたくさんあったはず。私に言わせれば、こんなのは無差別大量殺人です。もういい加減はっきりさせねばなりません。デフレは「悪」。経済の病気です。

恐ろしいことに、それまで多くの人たちがデフレは仕方ないけど「インフレは悪」だと思い込んでいたのです。精神のデフレモード全開の経済学者や評論家がメディアに多く露出していました。2013年頃までは、日本をさらなる円高デフレに突き落とすために書かれたかのような経済本が、主流であるかのごとく出回っていたのです。背筋が凍るほど恐ろしいことです。さらなるデフレをめがけて全力で日本国民を走らせようとしていたのです。つい数年前までそんな感じであれば、人間そう簡単に頭の中を左回りから右回りに反回転させるなどできるわけがありません。

 

 

 

 

 

< ポール・クルーグマンの警告 >

このような古い体質の経済理解が、未だに財務省、経団連、政治家たちの多くに蔓延っているという話ばかりが聞こえてきます。そんな人たちに対し、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授は繰り返し、日本はいい加減デフレから脱却するようにと警鐘を鳴らし続けていました。

 

 

 

 

 

 

 日本の高官たちが円安を嫌うというものである。なぜなら彼らは強い円に誇りを抱いているか、または円を国際基軸通貨にしたいといまだに夢を見ているからだという。-略- そのような高官たちは日本でいまだ強い影響力を保持している。しかし、それが長く続かないことを願う。偉大な国の経済が官僚の虚栄の犠牲になるなど、悲劇以外の何物でもないからである。(『世界大恐慌への警告』p.145.)

<具体的に財源はどうするか?>

現在、新型コロナウィルスの影響下でリーマンショック以上の経済的なダメージが起こっています。「今はウィルスとの闘い。お金の話なんて、どうでもいい!」という憤りも聞こえるのですが、一歩立ち止まって、ちゃんと経済復興策を考えねばなりません。国民を経済的に支援し企業を助け、経済復興させるためには、お金が必要です。

財源はどうしたらいいのでしょうか?

恐慌やデフレの分析研究から、リフレ派経済学者はすでに回答を用意していました。私としては経済政策としてすぐにでも国民にお金を配ってしまうこと(ヘリマネ)と消費税減税と考えます(専門的な細かい方法論は私にも分かりません。ただ方法は無数にあります。)。しかし、多くの方々が気になるのはその前段階の「財源」の問題でしょう。
リフレ派の人びとが言うことの骨子は大体以下のことで、それほど間違っていないはずです。

今回の新型コロナウィルス問題のダメージで、GDPのおよそ1割が失われるといわれています。GDPとは「国内総生産」のことで、「国内で産み出された付加価値の総額」のことですが、この伸び率が「経済成長率」となります。ですから、GDPの統計が経済を把握する重要な指標となります。日本のGDPはIMFの推計によれば、名目GDPは約557兆円、実質GDPは約539兆円です。ざっくり現在の日本のGDPを550兆円とすると、その1割が失われるので55兆円です。
この55兆円分の棄損を補填せねばなりません。日本銀行はお金を刷ることができるのですから、政府が国債を発行して日銀が買うこと(買いオペ)でお金は増やせます。国債は「国の借金」と言われるれども、債務者は「政府」です。国民に債務はありません。
この場合、お金を刷るといっても、民間銀行を経由して日銀が国債を買い取る形をとるので、「日銀預け金」を通してデジタルで帳簿の数字が変わるだけだし、国債の償還期限が来てもその分での新たな国債を発行するだけです。
国債は利息がつくというのですが、日銀は政府の子会社なので、親会社の負債と子会社の債権は本当ならば連結決算で相殺です。しかし、日本政府は日銀が持つ国債の金利をちゃんと支払っています。ところがその後その利息分を日銀はそのまま「国庫納付金」として国に返還しています。利息を取られても、そのまま戻ってくる仕組みです。さらに現在はマイナス金利ですから、むしろ反対に国が儲かってしまうことにもなります。

とくに他国が緩和策をとり自国通貨を刷っているときには、日本もそれに合わせて「円」の量を調整しなければ相対的に「円」の価値が高くなり「円高」を招いてしまいます。2008年のリーマンショック時においては、他国は競ってお金を刷りました。ところが日本だけは頑なに日銀が「円」を刷らず、円高デフレを招きました。そして、このデフレを「良し」とする人々がいるんだということを忘れてはなりません。
安倍政権が新型コロナウィルス問題において、経済対策をするならば、真水で55兆円以上だすと合格です。ですから、国民に一律10万円つず配っても、およそ12兆円強から14兆円です。一律20万円を配るでもいいし、ダメージを受けた企業をどんどん救済する必要もある。そもそも真水で55兆円以上で合格すから、100兆円くらい積んでいいわけです。ここで確認すべき国債を刷るディメリットは、インフレです。しかし、日本はインフレ率2%から程遠いところにあるのだから。今までやってやっていなかった経済政策をちゃんと「やる」というだけの話とも言えてしまうかもしれない。
経済対策の骨子として以上のことを大まかにとらえてから、細かい話、救済の対象やら方法論を見ていくことになります。

では、なぜ以上のことをやらないのか。不思議です。リフレ派の人びとは「やれ!」と繰り返し繰り返し言って説明しています。しかし返ってくる声は「財源はどうする?」「増税しないと財源がない!」というものばかりです。無限ループのように見えます。このような闘いの中で、リフレ派理論は徐々に認知されるようになってきてきました。とはいえ若田部昌澄著『経済学者たちの闘い』を見ると、この程度の無限ループが可愛いものに思えてくるのだから、人間というのは何度説明されても分からないものなのだと、自分自身を含めて自戒するところです。

< リフレ派の人びと >

 

 

 

 

 

今や米国ではリフレ派が主流です。私が好きなリフレ派の人びと(敬称略)はノーベル経済賞受賞者ポール・クルーグマン、前FRB議長ベン・バーナンキ。日本人ではイェール大学名誉教授の浜田宏一を筆頭に、岩田規久男、本田悦郎、高橋洋一、田中秀臣、若田部昌澄、上念司や他にも倉山満「チャンネルくらら」のレギュラー解説員から日銀審議委員になった2名、片岡剛士、安達誠司などです。名前を挙げた方々は私が彼らの本を読んで良き学びとなったからで、他にもたくさんの方々がいます。