写真:Amazon Kindle ストアの「American Marxism」
アメリカのマルクス主義が日本に迫って来る!
SALTY寄稿者:アリマタヤのヨセフ
今日本にアメリカから大きな「津波」が押し寄せてこようとしています。それは「アメリカン・マルキシズム」(アメリカのマルクス主義)です。私は、戦後日本のキリスト教会は左翼(思想)に侵食されているという危機感をずっと持って来ましたが、今はそれどころか、米国(とそのキリスト教)が大変なことになっています。アメリカのマルクス主義によって米国社会が分断させられようとしており、米国を形成してきたキリスト教(精神)も激しい攻撃にさらされています。米国で発生しているこの大激震による「赤い津波」が、この日本にも直ぐにやって来るでしょう。そして、「さざ波」はもうすでにやって来ています(LGBT運動など)。
この問題を扱った本が、マーク・R・レヴィンの『アメリカン・マルキシズム』です。この書の解説(基本的主張の要約)をしつつ、我々はこれからどうしていくべきかについて考えたいと思います。この書は、現在アメリカを分断させようとしている諸問題の背後にあるものは何かを我々に理解させ、また今後予測される諸事態に我々がどう対処していけば良いかを示してくれる貴重な書です。
この書は2021年に出たのですが、10週で100万部売れたという大ベストセラーです。著者のマーク・R.レヴィンはアメリカでも人気のある実力派ベストセラー作家です。高校を飛び級してテンプル大学に入学し15歳で政治学の学士号取得。19歳で優等な成績で卒業。23歳でテンプル大学ロースクールで法学博士号取得。1981年以降ロナルド・レーガン大統領の政権で働き最終的に司法長官の首席補佐官。そこを去った後は全米シンジケートトークラジオの司会者。テレビの討論番組『Levin TV』やフォックスニュースの政治トーク番組『Life, Liberty & Levin』の司会者。「全米ラジオの殿堂」入りも果たしており、保守系団体ランドマーク・リーガル・ファンデーションの会長でもあります。ニューヨーク・タイムズのベストセラーで(この本も含め)6作連続第 1 位という大変な記録を持っています。
本書の構成は七章で、以下のような見出しとなっています。
第一章 マルクス主義は現実に存在する
第二章 大衆を繁殖させる
第三章 米国憎悪「株式会社」
第四章 人種差別・ジェンダー主義・マルクス主義
第五章 「気候変動」という狂信
第六章 プロパガンダ・検閲・政権転覆
第七章 我々は自由を選ぶ!
1991年に共産主義国のソ連は崩壊。中国のそれは資本主義と混ざった「鵺(ぬえ)のような共産主義」。「共産主義はもう終わったんでしょう?」と大半の人が思っていると思います。「まして冷戦を続けて来た“反共国家”米国でマルクス主義が広がる訳がない」と。しかし、実際はそうではないのです。かつての「暴力革命」のような主張はせず、マルクス主義という言葉も使わない(それを隠しながらの)「文化的マルクス主義」が、現在大変な勢いで全米を覆っているのです。
「アメリカ独立戦争」(American War of Independence)は現在のアメリカ合衆国では「アメリカ革命」(American Revolution)と呼ばれますが、レヴィンは「アメリカ革命」に対する「カウンター革命」が今もの凄い勢いで進行している、と言います。「アメリカ革命」はアメリカ社会を保護し代表制政府を確立することを目的としましたが、「カウンター革命」はアメリカ社会を破壊し独裁的支配を強制することを目的としています。これが「アメリカのマルクス主義」です。これは、米国の社会や文化を飲み込み、日常生活を取り巻き、政治、学校、メディア、エンターテインメントに至るまであらゆるところに存在し、アメリカを破壊し、自由と家族と安全を脅かしています。アメリカでは、多くのマルクス主義者たちは、マルクス主義という名前に対しては敵意を抱いている人が多数いるため、「進歩主義者」「民主社会主義者」「社会活動家」「地域社会活動家」等のフレーズで身を隠しています。彼らは、「Black Lives Matter」(BLM)「Antifa」「The Squad」など新たに作られた無数の組織の下で活動しており、 彼らは「批判的人種理論」といった新しい理論やマルクス主義に関連するフレーズや用語を発明しています。彼らは、支配的文化と資本主義システムは不当で不公平で、それは「性差別主義」であり「植民地主義」であり「帝国主義」であり「環境破壊」だと主張しています。彼らの目指す目的は、あらゆる理由付けとあらゆる方法で国を引き裂き内部から弱体化させ最終的にはアメリカの共和主義と資本主義を破壊することです。
この運動の指導者たち(マルクス主義の教授や活動家たち)は、「目覚めた」(Woke)支持者たちによって支持され、大学、ニュースルーム、ソーシャルメディアの会議室、エンターテイメントまでを占領しており、その考え方は「民主党、大統領執務室、議会の議場」内で際立っています。 彼らは、ニュース報道、映画、テレビ番組、コマーシャル、出版、スポーツ、公立学校の教師のトレーニング、授業のカリキュラムにおいてプロパガンダと教化(洗脳)の戦術を使用して、コンプライアンスを要求します。そして「キャンセル文化」などを通じて反対の声を沈黙させ、愛国的な考えや彼らに反対する意見は検閲および禁止(Ban)し、学問の自由と高等教育における知的交流を攻撃するのです。
彼らは文化のあらゆる側面に狙いを定めています。例えば、歴史的建造物 (アブラハム・リンカーン、ジョージ・ワシントン、奴隷制度廃止論者のフレデリック・ダグラス、南北戦争に参入したマサチューセッツ州の第 54 黒人連合連隊の記念碑)や、マーク・トウェイン、ウィリアム・シェイクスピア、ミスター・ポテトヘッド、ドクター・スース、ディズニーのアニメ等と、際限がありません。
人称代名詞は特徴のない単語に置き換えられています。これは何と58 種類の性同一性を傷つけないようにするためだというのです。2020年夏と21年の春に発生した暴動では、数か月にわたって複数の都市で略奪、放火、さらには殺人が行われ、Antifa と BLM が重要な組織的役割を果たしていましたが、民主党の指導部は、信じがたいことに、暴徒たちの主張には人種差別主義者としての法執行機関への非難が含まれており、この運動は「ほとんど平和的」であると宣言し(取り締まる)警察の予算を削ることを要求したのです。
マルクス主義はここに来て急に浮上した訳ではなく、長い時間をかけて、周到に準備をしてここまで持って来るという、したたかな「戦略」があったのです。多くのアメリカ人はつい最近までそのことに気づきませんでした。しかし気づいた時には、すでに「包囲網」に囲まれていたという状態です。レヴィンはマルクス主義との歴史的関係を語っていますが、アメリカのマルクス主義者(ドイツ出身/フランクフルト学派)のヘルベルト・マルクーゼのことに、何度も触れています。
アメリカの新左翼運動は、このマルクーゼの影響を強く受けました。彼は猛烈な反資本主義者で、彼の書いた『一次元的人間』(1964年)は特に新左翼の間で広く読まれ、これが彼を無名の大学教授から一躍預言者に変えました。彼の影響力は、新左翼をはるかに超えて、現代の「批判理論運動」にまで及んでいます。この運動はアメリカの社会と文化を積極的に弱体化させ、最終的にそれを奪い取ろうとしているのです。マルクーゼは洗脳に満足するだけでなく、行動主義(具体的な革命)を推進しました。「批判的人種理論」(CRT)などの運動は、マルクス主義のイデオロギーから発展したものです。マルクーゼはじめドイツのマルクス主義者によって発展した「批判的理論」運動があらゆる分野に多大な影響力を与えたと、レヴィンは指摘しています。
これは「文化革命」なのです。文化革命とは、新しい政権が国民の権利を侵害したときに人々が過去を参照できないようにするために、政権が過去を攻撃することです。中国において毛沢東の下で「文化大革命」が行われ、中国共産党の虐待を大衆がより進んで受け入れるために過去が破壊されたように、です。アメリカのマルクス主義者は教育システムを乗っ取ろうとしてきましたが、その目的は「文化革命」を課すことでした。それは何のためかというと、アメリカが偉大だった過去の例を排除または軽視し、その代わりにアメリカの政府システムは本質的に人種差別的であり根本的に変えられなければならないというプロパガンダに焦点を当てるためなのです。
米国におけるマルクス主義を考える上で重要なポイントに、「寛容」の問題があります。「人種的マイノリティー」であろうと「性的マイノリティー」であろうと「少数者を差別してはならない」ということには米国民も「寛容」というかたちで応えてきました。しかしマルクーゼは、寛容は欺瞞であり社会の差別・抑圧構造を変えるものではないと言うのです。今日寛容として宣言され、実践されていることは、むしろ抑圧の原因となっているというのです。寛容とは、ブルジョアジーの強力で陰謀的な勢力によって、無防備なプロレタリアートに対して仕掛けられた策略であり、大衆はだまされ抑圧者を支援するようにプログラムされているだけだ、と。したがって、マルクーゼは、社会がマルクス主義の革命家によって自らの終焉の種をまかなければ、その社会は「真に寛容」ではないと主張します。結局、マルクーゼは、欺瞞的な寛容によってマイノリティに対する抑圧構造を永続させていたアメリカ社会の転覆を促していたのです。この議論は、マルクス主義的イデオロギー運動に発展したさまざまな「批判理論」の基本的な触媒として機能し、バイデン政権、民主党、メディア、および社会全体の機関によって受け入れられ、推進されて来たのです。これらの動きの中で最も破壊的なものの一つが「批判的人種理論」(Critical Race Theory ) です。
これは革命です。革命は改良や改善とは異なります。革命は体制そのものの転覆です。今のアメリカのマルクス主義は、資本家対労働者といった「階級闘争」ではなく、また「暴力革命」でもありません。それは「アイデンティティー政治」を使った「文化革命」なのです。ソ連の共産主義崩壊後の1970年代から、イデオロギー対立や階級闘争は言われなくなり、その代わりエスニシティやジェンダー等の「アイデンティティ」へとシフトしていきました。特定の人種、国籍、宗教、性別、性的指向等の識別要素に基づいた政治的主張をする政治が「アイデンティティ政治」です。これは社会の一部のグループが抑圧されているという考えと深く結びついています(「膚の色による被抑圧者集団」「性的少数者であるが故に差別されている集団」等々)。それらが人間の原初的特性だから集団化したのではなく、そうやって集団化するほうが社会に異議申し立てする上で有効であるから意図的に集団化させたのです。そして、集団化させた上で激しく「抑圧者」への敵意を煽ります。
これは、文化を用いた「文化革命」です。これは、ミサイルは飛んできませんが「文化戦争」です。「文化革命」であろうと革命は革命ですから、最後は国家の転覆が目標です。さらにこれは「世界革命」まで目指すでしょう。「革命」には、破壊の後に目指すべき「理想郷」があります。まさに「世界革命」を成し遂げて、“ユートピア”(ディストピア)を彼らは樹立しようとしているのです。
我々にとって大事なことは(これは我々だからこそ出来ることでもありますが)、政治的社会的事象をただ政治的社会問題としてだけ追いかけるのでなく、神学的考察を与えることです。デイビッド・ホロビッツ(ジャーナリスト)も同様のことを言っていますが、彼らマルクス主義者たちの目指すものは「キリストなき千年王国」なのです。この問題の根底にあるのは、「終末論」的事態です。
キリスト教の歴史を見ると、人間の力でこの世を変えて「地上天国」を作ろうとする運動は何度も現れ、そして消えていきました。ミュンツアーの「ドイツ農民戦争」やクロムウェルの「ピューリタン革命」も、また賀川豊彦の「神の国運動」もそれでした。アメリカの「文化革命」は、終末論的に言えば「壮大なポスト・ミレニアリズム」だと言えるでしょう。「千年王国」は、再臨のメシアの手によって樹立されるものだとするならば、「あなたの来る前に地上に理想郷を作っておきますので、完成したらどうぞ再臨してください」と言うのはメシアに対する「越権行為」だと言う他はないでしょう。20世紀に二度の世界大戦を経験した人類は「ポスト・ミレニアリズム」のような「楽観主義」をもはや信じられなくなったのですが、マルクス主義は、その夢を叶えようとしているかのようです。「マルクス主義は世俗化された千年王国思想である」という説がありますが、学問的には証明されていないようですのでそれは言いませんが、マルクス主義を担う人々(若者)にとってはそれは「ユートピアニズム」なのです。
レヴィンは、このことについても触れています。何故多くの若者がマルクス主義に惹かれるのか、それは、マルクス主義が抑圧者と被抑圧者という「善と悪」の恰好の「物語」(ナラティヴ)を提供してくれるからです。それは、「被抑圧者の俺たちVS抑圧者のあいつら」という図式です。それは多くの若者にとっては非常に魅力的なものです。またマルクス主義は宗教に似た面も持っています。「より良い社会がやって来る」という話があるため、ここに「救い」がある(結局は絵に描いた餅ですが)と多くの人が信じることも可能なのです。不満を抱いている人々や幻滅している人々に、その怒りを既存の社会と文化に向けさせ、「新たに創られる平等主義の楽園」でやり直すためには、現在の社会と文化を打倒しなければならないのだと思わせる・・・
革命と宗教的熱狂との関係は、重要なテーマです。社会現象の「神学的考察」は、こういう部分でも重要です。
「人種差別をしてはならない」「性的少数者を差別してはならない」。これに反対する人はほとんどいないでしょう。「マイノリティーの人たちのことも十分に理解して、社会全体として抑圧することのないように十分に配慮する」。これも多くの人が同意します。しかし、そういうことはマルクス主義者にとっては欺瞞的な「寛容」に過ぎないのです。彼らは「寛容」を求めているのではなく、社会体制そのものの破壊を求めているのです。誰もが反対できない「正論」を掲げながら全体を支配し、ついにはこの社会を内部崩壊させていくのが彼らの「方法」であり「目的」であると知ったなら、我々はこれとは戦わなければなりません。「敵」の正体が分かった以上は、それに抵抗しなければなりません。
日本人のクリスチャンは概してナイーヴ(世間知らず)で善意のかたまりのような人が多いので、教会は「敵」の恰好の餌食になる可能性がきわめて大です。日本の社会を混乱させ破壊しようという、彼らの運動の(それとは知らずに)「お先棒」を担がされてしまう危険性もあります。
これは「血肉に対する戦い」ではありません。「悪魔の策略に対する戦い」です。事態の背後にあるものを見分ける鋭い「識別力」と「霊的(理論)武装」がいま私たちには必要であると思います。
「悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。」(エペソ書6章11~12節)
マーク・レヴィンは、このマルクス主義との戦いに勝たなければアメリカは永遠に失われてしまうと真剣に信じています。彼は、この本を(相手がマルクス主義者なので「共産党宣言」の「万国の労働者よ、団結せよ!」をもじって)「(我々は自由を選ぶ!)アメリカの愛国者よ、団結せよ!」と締めくくっています。私たちも言いましょう。
「キリストにある兄弟姉妹たちよ、団結せよ!」
・SALTY神戸宣教会議(4/11 発題)
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