田口 望
大東キリストチャペル 教役者
大阪聖書学院 常勤講師
日本キリスト者オピニオンサイトSALTY 論説委員
- 日本人キリスト者も知らないキリスト教民主主義
毎週週の真ん中水曜日、今も世界をリードする世界で最もスタンダードな政治思想の一つといえる「キリスト教民主主義」についてご紹介していきます。読んで字のごとく、キリスト者の、キリスト教倫理観に基づいた民主主義思想のことです。
世界や、日本を理解するために物差しとしても差し支えの無いこの政治思想がこの日本ではほとんど語られていないのです。枝葉末節、辺縁ばかりが語られて、スッポリとど真ん中が空いているように私には感じます。
- 語られることと聞きたいことにズレ
昨今、社会派、福音派を問わず、日本のキリスト教系関連諸団体が日本の政治問題に提言したり、声明を出したりすることがままあります。しかし、民主主義国家においては、99%以上非キリスト教徒が占める我が国において1%未満のキリスト教系団体がいくら結束し声高に、主張してもその声は多数決の原理の前にかき消されるでしょう。
また、勉強会、講演会として、ナチス・ドイツに抵抗したディートリッヒ・ボンフェッファーの神学や、カール・バルトについて、また、日本統治下での朝鮮人牧師、朱基徹(チュ・キチョル)の生き様を学んで、現代日本におけるキリスト者の政治のかかわり方、キリスト者の生き方を学び、語られていることも存じています。決して、彼らから学ぶべきものはないとは申し上げません。むしろ、学ばなければならないことはいっぱいあることを認めます。
しかし、そうした人の名を市井(しせい)の日本人の一体何割が知っているでしょうか?それらのことに関心を持っている人はキリスト者の中でもさらにごく一部に限られてしまいます。また、彼らとは生きた時代も場所も違い、現代社会にすべて当てはめて適応できるかといえば疑問が残ります。ありていに言えばどんなに良い学びであっても、訴求力がないのです。
他方では、キリスト教系の出版社が、日本社会のキリスト教界に対する圧倒的な「無関心」の波に抗(さから)わんがために、信仰書や、ノンクリスチャン向けの伝道用書物として、クリスチャンである有名人を取り上げ、日本社会に少しでもキリスト教の爪痕を残そうと涙ぐましい努力をなさっています。大河ドラマに同志社大学創設者新島襄の妻八重が主人公に抜擢されれば、そのことをキリスト教系雑誌が取り上げ、実在するクリスチャン女性がモデルとなって朝の連続テレビ小説がつくられたとなれば、それの関連本が出版されました。直近であれば、カトリック教徒であられる将棋界のレジェンド加藤一二三九段や、西郷隆盛とキリスト教の関係を語った本などが出版されたりしています。
教役者(牧師、神父、伝道師)向けの神学書と一般信徒向けの信仰書、あるいは伝道用の書物を一緒くたに語るなとおしかりを受けそうですが、にしても、教役者が語りたいことと、信徒・求道者が関心をもって聞きたいこととの差が極めて大きいのです。ことこの「キリスト教と政治」というテーマにおいてもそうです。
- キリスト教界外の人にこそ知られているキリスト者吉野作造
だからこそ、今回私がぜひ皆さんに吉野作造をご紹介したいのです。中学校の社会の教科書に載っている人物で、高校日本史にも必須の人物、吉野作造はなにを隠そうクリスチャンだったのです。戦前日本の民主主義の進展に大きく寄与した吉野作造を全く知らない人などいるでしょうか?
もう学校を卒業をしたのが何年も前のことなので、忘れてしまったという人は幾人かはいるでしょうが、『民本主義』や『大正デモクラシー』などの単語と合わせて提示すれば思い出される人も多くいらっしゃるのではないでしょうか?
少なくとも中高生においてはその認知度は100%に近いはずです。また、彼が日本の近代史に与えた影響もいかばかりでしょうか?伝道熱心な方ならキリストの福音を述べ伝えるときに「あの有名人の〇〇さんもクリスチャンなんだよ」という常套句から伝道される方も多くおられるでしょう。
にもかかわらず、義務教育の教科書に出てくる超有名人、吉野作造と彼が唱えた民本主義とはいかなる主張だったのかを、たとえわずかでも、ノンクリスチャンに紹介できる日本人クリスチャンが一体何人いるでしょう。
仮に日本人クリスチャンが政治を語るにしても、ツカミを考えるなら「ボンフェッファーより、まず吉野作造だろう」と私は思うのです。そう、ど真ん中が空いているのです。野球でいえばストライクゾーンど真ん中にストレートを投げ込みたい。
次回、クリスチャン政治学者 吉野作造と彼の思想民本主義について詳しくみていきます。