平壌宣言20年に思う拉致の戦い −西岡力−

写真:2017年11月6日 · トランプ大統領とメラニア夫人、安倍首相、
拉致被害者の御家族(首相官邸 facebook より)

平壌宣言20年に思う拉致の戦い

(産経新聞令和4年9月16日掲載)

 

 

西岡力

日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY-  主筆

歴史認識問題研究会会長・モラロジー道徳教育財団教授・麗澤大学客員教授

平成14(2002)年の小泉純一郎首相の訪朝から20年が経(た)つ。いまだに北朝鮮に拉致されている横田めぐみさんをはじめとする多数の拉致被害者を助けることができていない。本当に申し訳なく慚愧(ざんき)に堪えない。

拉致問題解決は最優先課題
 だがこの20年間で達成した2つの大きな成果がある。

 1つ目は18年、第1次安倍晋三政権によって政府に拉致担当部署が新設され拉致問題が国政の優先課題になり、拉致問題解決が日朝国交正常化の条件と位置づけられたことだ。
 私たちは9年に国民運動を始めたときから、拉致は著しい人権侵害であるとともに明白な主権侵害だと位置づけ、拉致問題解決を国政の最優先課題とし、政府に専門に扱う部署を設置せよと要求し続けていた。小泉訪朝後もそれは実現しなかったが、18年に国会が北朝鮮人権法を成立させ、拉致問題の啓発活動を国と地方公共団体の義務とした。先にも述べたように拉致問題解決が国政の最優先課題になった。この体制は自然にできたのではない。私たちが求め続け、共に戦ってきた安倍氏が首相になって初めて実現したのだ。
 2つ目は被害者救出のための国際的枠組みだ。当時のトランプ米大統領はシンガポールとハノイでもたれた2回の米朝首脳会談で計3回、拉致問題を取り上げた。金正恩氏に核廃棄を迫り、それをすれば米国は軍事圧力や制裁を解除すると約束した。経済支援は日本がするがその条件は拉致解決だから日朝首脳会談をせよと迫った。

 安倍外交の成果だ。残念ながら核問題で米朝が決裂したので拉致も動かなかったが、米国の対北朝鮮戦略に拉致問題を組み込むという枠組みを作った。菅義偉政権と岸田文雄政権の尽力でバイデン政権になっても維持されている。

「国交正常化」優先した誤り
 それと比べると小泉訪朝は拉致被害者救出を最優先とせず、核問題で米国との事前調整ができていないという決定的な欠陥が2つもあった。実務を担った田中均氏(当時の外務省アジア大洋州局長)は秘密交渉で北朝鮮側に次のように伝えたと証言している。
「朝鮮半島で行ったことも事実としてあると。だから日本には、当事者として平和を作る義務があると僕は思うと。朝鮮半島に平和を作るための交渉をしますと。だけど、拉致の問題をクリアしないと、先には行けない。日本からの資金の提供というのも、まさに拉致とか核の問題を解決しないで進むことはできませんと。だからその〝大きな道筋〟を作るということを、自分はやりたいんだと」(NHK政治マガジン9月8日)
 しかし田中氏は拉致被害者救出よりも国交正常化を優先していた。9月17日の首脳会談のため平壌に着いた田中氏に北朝鮮外務省局長が「拉致したのは13人だけ、8人死亡、5人生存」と記された赤十字の調査結果なる紙を伝達した。
 田中氏らはそれを東京で待つ家族会メンバーにも知らせず、平壌宣言署名の直前になって「慎重に検証作業をした結果」として通報した。それを聞いたとき、私は実名を出して運動したために殺されたのではないかと思い、怒りで心が張り裂けた。

 9月18日朝、官房副長官として訪朝に同行した安倍氏が家族のところに来て、死亡確認作業をしていないと教えてくださった。それで私たちは政府とマスコミに「死亡した拉致被害者」「遺族」という言葉を使うなと求める緊急アピールを出した。また5人の被害者が一時訪問という名目で日本に戻ったとき、彼らが秘密裏に日本在留希望を伝えていたにもかかわらず、田中氏はミスターX(秘密交渉の相手)とのパイプが切れるとして、5人を北朝鮮に戻すべきだと主張した。だが安倍氏がそれを退けた。

安倍元首相が死力を尽くし
 核問題もないがしろにされた。小泉訪朝直前の8月末、ベーカー駐日大使が福田康夫官房長官に、北朝鮮が核開発凍結を約束した米朝合意を破りパキスタンから濃縮ウラン生産技術を密(ひそ)かに導入して核開発を続けていると伝えた(ジョン・ボルトン『降伏は選択肢でない』)。
 同年1月ブッシュ大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで非難した理由がこれだった。ところが田中氏が北朝鮮側と事前に作成していた平壌宣言では「双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守(じゅんしゅ)することを確認した」と書き込まれている。
 つまり同盟国が提供した情報を無視して金正日氏が語った核開発をしていないというウソを信じたのだ。翌15年、家族会・救う会が訪米時、国務副長官、下院議長、上院の共和・民主両院内総務ら高官に次々面会できたのは、核開発を続ける北朝鮮との国交正常化を憂慮した米政府・議会が、それを止めた家族会・救う会の活動を高く評価していたからだ。

 安倍氏が政府与党内で死力を尽くして働いていたから、田中氏の進めた欠陥だらけの対北朝鮮外交が破綻しなかったのだ。小泉訪朝から20年の節目にそのことを強調したい。

(産経新聞 令和4年9月16日掲載)

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・<写真説明>
 2017年11月6日 · トランプ大統領とメラニア夫人、安倍首相、拉致被害者の御家族(首相官邸 facebook より)

首相官邸

トランプ大統領とメラニア夫人に、拉致被害者の御家族に面会して頂きました。

横田早紀江さんが語り始めると、大統領は、めぐみさんの写真を自ら手に取り、愛する家族と引き裂かれた皆さんの痛切な訴えに、真剣なまなざしで、聞き入っておられました。

「日本と力を合わせていく。」
温かい言葉を頂いたことに、心より感謝いたします。

すべての拉致被害者の御家族が、ご自身の手で肉親を抱きしめる、その日まで、私の使命は終わりません。拉致問題解決への決意を新たにしました。

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