米中対立の向うに(第2回)−亀井俊博−

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・写真:GettyImages 「闇に輝く光」(あべのハルカス・キャンドル)

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「米中対立の向うに」

執筆:2020年11月12日

<第2回>
・3回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

—–>  <第1回>より

(5)パンダ・ハッガー、ドラゴン・スレイター

米国の対中政策の転換

 この間(かん)米国は、経済学者ロストウの説く、共産革命抜きの近代化開発理論の実践により成功した日本、韓国、台湾、アセアン諸国にならって、中国も経済が発展すれば、やがて政治も民主化できると支援を惜しみませんでした。しかし、改革開放以後の米国を脅かす経済発展と裏腹に、政治は共産党一党独裁を強化し、民主勢力は弾圧、香港民主化運動弾圧は明日の台湾、韓国、日本の姿と言う危機感を覚える様になりました。

 そこで米国は中国への関与、パンダ・ハッガー(パンダ中国支援)政策の失敗から、ドラゴン・スレイター(龍退治)政策にシフトしました。果たして、米国は20世紀前半の日独伊全体主義、後半のソ連東欧の共産主義、高度成長日本の挑戦に各勝利したように、21世紀、中国の覇権主張を退けることが出来るでしょうか?

中国封じ込め政策(デカップリング)

 中国の台頭で相対的に力を阻害された米国は、欧州、日本、豪、印度等と同盟を強化して中国包囲網を形成(デカップリング)、“自由で開かれたインド太平洋構想”(FOIP:安倍前首相提唱)を強化し、さらにSEATO(東南アジア条約機構)を再編して、軍事的にも包囲網形成を企図しています。そのためNATO(北大西洋条約機構)から米軍を引き上げ、さらに中東でもイスラエルと宿敵アラブ諸国の和平構築を急ぎ、駐留米軍を引き上げ、アジアに配置するトランスフォーメーション(米軍再編)を急いでいます。

 そこで東アジアでは韓国、日本に参加を呼び掛けていますが、韓国は地政学上半島国家であり、大陸国家と海洋国家の間に立場をスイング(事大主義、強大な方につく)しています。今までは海洋国家の日米に傾いていましたが、現代は台頭する大陸国家中国に、経済的にさらには長い歴史的文化的DNAの大きな影響を受け、揺り戻しており、親中従北離米反日の傾向が濃厚です。何とか海洋国家側に留まって欲しいものです

 他方我が日本は自由航行を標榜する海洋国家であり、同じ海洋国家米国と「日米安保同盟」を結んでおり、その土台の上で近年の大陸国家中国台頭により、先に述べた両極論の間に、活路を模索しているのが現状ではないでしょうか。

地政学上の戦い

 今や台頭する中国(一帯一路)と言う、大陸国家(ランド・パワー)を象徴する聖書の怪獣ビヒモスと、米国(インド太平洋構想)と言う海洋国家(シー・パワー)の怪獣リバイヤタンの地政学的戦い、米中新冷戦時代に世界は突入し日本も例外ではありません。

(6)日本の立場

日米中三角形外交、五百旗頭真氏の主張

 では日本の取るべき立場はどうでしょうか。私は同志社で、佐々木惣一の門下生、「非武装永世中立論」パシフィズム平和論者であったキリスト者、田畑忍教授から憲法・政治学を学んだ京都学派の端くれです。そこで京都学派的視点の2人のキリスト者論者を紹介します。

 まず阪神淡路大震災で死亡した神戸大学ゼミ生であった、ゴスペル・シンガー森祐理さんの実弟のMB泉北キリスト教会における葬儀で弔辞を読んだ、カソリックで京都大学リベラル保守政治学の学統を引く猪木正道、高坂正堯の門下生、政治学者元神戸大学教授、元防衛大学校校長、五百旗頭真氏の日米中関係論です。

 氏のNHK市民講座講演によると、20世紀の国民の80%の政治的合意は憲法、日米安保、自衛隊保持の三点セットであり、21世紀の日本は、北朝鮮の脅威、中国の領土的野心に対抗するため、日米同盟の強化、その上に立っての日中協調が大切だと説く。日本を侵す外国勢力を攻撃する事は平和憲法によりしない。しかし、侵犯行為には断固これを跳ね返す侮りがたい力を日米同盟で保持する。その上でアジアの平和のため日中が協調すべきだ、との御説。
氏は二等辺三角形をアナロジーとして日米中関係を説きます。即ち日本の国際関係の基盤、底辺は日米同盟関係であり、その上に頂点として戦略的互恵関係としての中国を置く、そして頂点である中国との距離感は時々の利害により動くが、日米関係の底辺は不動だ、と言うのです。なぜなら日米は民主主義を共通の価値観とする同盟関係であり、日中は民主的価値観は共有しないが、経済的利害関係を共有する、と言う事です。ここに親中、媚中の経済界とは違う視点があります。

いきの外交、佐藤優氏の主張

 次に、同志社神学部から外務省に入り、ロシア外交の最先端から国家の罠にはめられ投獄経験を持つ、特異な経歴のリベラル・プロテスタント作家、佐藤優氏の立場を紹介します。氏は思想形成の地京都学派の哲学者、九鬼周造の名書「『いき』の構造」を外交に援用する。九鬼は日本人の精神構造を「いき」に求め、その3要素、仏教的「諦め」と、武士道的「媚態」を結びつける「意気地」と解明した。これを日米中の外交関係における日本の取るべき立場に援用、“中国の台頭を「諦め」、米国に「媚態」を抱きつつ、日本民族の「意気地」の自由に生きるのが現代日本外交の「いきな」外交だ”と説く(文春、2019・8月号)。

 つまり日本はGDPを追い越された中国の経済力、文化力(ソフトパワー)を素直に評価しつつも、その非民主的な価値観や軍事力誇示(ハードパワー)に明確に異議申し立てする「意気地」を持つべし。他方、自由主義陣営の旗手としての米国の持つ、人類普遍的価値を尊重する「媚態」を維持する。しかも、米中いずれかになびいて民族の魂まで売り渡す野暮な外交ではなく、民族のアイデンテテイを貫く「意気地」をもって、自由に生きるべし、と佐藤氏は説く。京都学派の面目躍如たる外交姿勢だと思います。いきな外交ですよ。

(7)楕円思考

円思考、楕円思考

 次に、これから構築すべき世界史の新構造を考察したいと思います。それは「楕円思考」です。これは最近、花田清輝の楕円思考論を掘り起こした平川克美が提唱し共感を呼んでいる思考です。即ち「円思考」では中心は一つで、これを立体にするなら円錐になり、頂点から存在のヒエラルヒー構造が底辺まで貫徹する。これは存在の類比的(アナロギア・エンテイス)西洋的思考だ。それに対して、楕円思考は、二つの焦点があり、互いのダイナミックな関係性でその時々の在り方を形成できる、陰陽説に見られる東洋的思考だと言う事です(「21世紀の楕円幻想論」平川克美)。

内村鑑三の楕円神学、大平正芳の楕円哲学政治

 しかし、平川氏は知らなかったようですが、預言者的キリスト者、内村鑑三が晩年既に「聖書之研究」1930年1月号で、「真理は円形にあらず楕円形である」The Truth is not round but elliptical form (ellipse)と主張しているのです。

 曰く“「真理は円形にあらず、楕円形(だえんけい)である。一個の中心の周囲に描かるべきものにあらずして、二個の中心の周囲に描かるべきものである。 あたかも地球その他の遊星の軌道のごとく、 一個の太陽の周囲に運転するにかかわらず、 中心は二個ありて、その形は円形にあらずして楕円形である。・・キリストの人たるは疑わないが、 彼にまた神らしきところがある。 彼は同時に人であってまた神である。 説明は円満を欠く。 解するに、いたって難い。 しかし事実なるをいかんせん。 われらは不可解と承知しつつキリストの神人両性を信ずる。 頭脳に彼を受くるは難いが、 心は彼をもって満足する。・・ その実際的方面において、 宗教は慈愛と審判である。 愛と義である。 愛のみではない、また義である。 義のみではない、また愛である。人はおのずから一元説を必要とする。 思想的に二元説をもって満足することはできない、と。されども満足に二種類ある。 思想の満足と事実の満足と、これである。 そして思想の満足は必ずしも事実の満足でない。 そこに人生の困苦(くるしみ)がある。 そして困苦の内に進歩と発達と、 最後に永遠の平和とがあるのである。 これを義と愛との対照について見んか、 真剣に生涯を送らんと欲する者は何ぴとも、 その調和に苦しまざるを得ない。 これを思想の上に調和せんとするは不可能である。 されども人生の長き実験において調和点を発見する。・・ そしてキリスト信者の場合において、 彼は義と愛との調和を、 キリストの十字架において認むるのである。 「憐憫(あわれみ)と真実(まこと)と共に合い、義と平和と互いに口づけせり」(詩篇85/10) との理想は、キリストの十字架において実現されたのである。義の神がいかにして罪人を罰せずしてゆるさんかとは、 神御自身にとり至難の問題であった。 そして神はこの問題をキリストの十字架をもって美事に解決したもうた。 すなわちパウロが言えるごとし。 「イエスを信ずる者を義とし、なお自ら(御自身)義たらんためなり」(ロマ書3/25-26) と。すなわちイエスにおいて、 神の憐憫(慈愛)と真実(公義に基づける審判の精神) とが合体したのである。 義と平和とが互いに口づけしたのである。」と。

 時代は下って内村の弟子矢内原忠雄元東大総長の聖書集会で薫陶を受けた、キリスト者政治家大平正芳氏が1978~1980、首相として「楕円哲学の政治」を標榜し実践しているのです。ものごとを考えるとき、互いに相反する二つの中心(焦点)を対峙させ、両者が作り出す均衡の中に調和を見つけようとする態度が終生一貫してみられるこれが「楕円の哲学」であると言う。戦後政治の基盤を「憲法と日米安保」、政治を「治者と被治者」、政党を「自民党と社会党」、経済を「政府と市場」、太平洋に位置する国際国家日本のあり方を「アメリカとアジア」と言うようにそれぞれが作り出す楕円が重なり合うなかに考察した、と言う。

池田内閣時代、部下の河野と佐藤が対立し池田は悩んだが、池田の懐刀となった大平は「河野と佐藤と言う党内対立勢力を二つの焦点として、楕円全体のバランスをとることが必要だと」しばしば説いたと言う。と言う事で神学的、実践的に「楕円思考」はキリスト者としても大いに有効な21世紀思考だと思うのです。
(ブログ、2020・7・1“大平正芳、「楕円の政治哲学」のルーツ”

(8)「世界システム論」と「楕円思考」

 これを世界システム論に適用します。すると世界の覇権国家はヘゲモニー闘争の結果、常に一か国でないとシステムは安定しない事になりますが、これは旧来の「円思考」です。21世紀は「楕円思考」で、二つの焦点、つまり米中のツイン・ピークス(二峰体制、G2)によるダイナミックな関係により形成されることにより、世界はよりよく発展すると思考・指向すべきです。もちろん現下の米中新冷戦をめぐる厳しい衝突は、何としても回避しなければなりません。しかしその先を見据えて、果たして米中いずれかの一国覇権確立に終わって良いか、と言う事です。

 そもそも米ソ冷戦後、米国一国覇権体制になって、アメリカン・スタンダードがグローバル・スタンダードになり、新自由主義経済が浸透、格差・分断社会が生まれ、世界の危機状況の遠因となったのです。確かに米ソ冷戦時代は、核戦争の危機にまで至りましたが、結局東の体制は崩壊し、西側体制を取り入れ社会を再建しました。しかしまた東の社会主義イデオロギーは西の資本主義イデオロギーの弊害を是正し、「福祉国家モデル」と言う労働者福祉に留意せざるを得なかったメリットもあったのです。しかし、東の社会主義崩壊後のグローバリズムは、歯止めのない強欲資本主義を許し、中産階層を破壊し、労働者搾取・環境破壊の世界的格差・分断・環境危機となったのです。「円思考」的一国覇権主義は破綻しているのです。

 ですから21世紀は、「自由民主主義」(米国)と「社会民主主義」(中国)、さらに東西文明の二つの異なる社会思想体制(焦点)による、平和的な相互チェック、ウイン・ウイン関係による相互成長、さらには聖書的サーバント・リダーシップ(マタイ20:26,27)による世界奉仕へ向かう、と言う「楕円思考」が有効になります。さもないと「円思考」では米中の体制激突による決着と言う、構造悪はいずれ避けられなくなります。

 事を我が国内に当てはめても、東京一極集中は災害で東京が機能不全になった時や、21世紀のダイナミックな日本社会形成を考えると、どうしても首都圏と関西圏の相互補完・競合と言う楕円システムが必須です。さらに蛇足ですが、21世紀キリスト教神学も東京学派一極の「円思考」ではなく、京都学派を他の焦点とする「楕円思考」を指向すべきです。拙論の意義はそこにあります。

<続く:第3回へ>

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亀井俊博(かめい としひろ)

1942年香川県に生まれる
単立「西宮北口聖書集会」牧師、「芦屋福音教会」名誉牧師
同志社大学法学部法律学科卒、日本UPC聖書学院卒
(同志社大学神学部、神戸改革派神学校、神戸ルーテル神学校聴講)
元「私立報徳学園」教師、元モンテッソーリ幼児教室「芦屋こどもの家」園長
元「近畿福音放送伝道協力会」副実行委員長、

*<亀井俊博牧師のブログ>
「西宮ブログ」の『バイブルソムリエ

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