米中対立の向うに(第1回)−亀井俊博−

・写真:赤いバラと聖書(薔薇はアメリカの国花)

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

 

「米中対立の向うに」

執筆:2020年11月12日

<第1回>
・3回の連載で掲載いたします。(SALTY編集部)

(1)米中対立の向うに、踏み絵

 最近、あるキリスト教福音派のオピニオン・リーダーの方より、中国との関係を日本の福音派キリスト教も考えなければならないときが来たと言う、お話しを個人的に頂きました。それに刺激を受けて、私が今まで発表した幾つかの中国論をめぐるエッセイを、中間報告的にではありますがまとめてみたいと思います。
なお、発表済みのエッセイ、ブログ“バイブル・ソムリエ”の掲載日時はその都度記します。また、本論は拙著「カイザルと神」(電子書籍)中の「政治のナラテイヴ」、「歴史のナラテイヴ」をベ-スとしています。

 中国の急速な台頭と米国の相対的な退潮、と言う歴史的激変を背景に、日本は防衛安全保障は米国との安保同盟関係、経済は貿易相手国第一位の中国の発展に与る、このバランスの上に成り立ってきました。しかし、ここにきて米中対立が激しくなり、いわゆる「ツキジデスの罠」(米政治学者グレアム・アリソンの論。つまり古代ギリシャの歴史家ツキジデスが描いた故事にならう説。紀元前5世紀のギリシャ「ペロポンネソス戦争」、新興都市国家アテナイが、旧勢力都市国家スパルタに挑戦した事が歴史上繰り返され、その現代版が新興国家中国の旧勢力米国への挑戦、として再現されている。)と言うのです。

 今や、米国は中国関与政策を止め、封じ込め政策にシフト。経済的にだけでなく軍事的にも欧州のNATO(北大西洋条約機構)にならって、東南アジアでSEATO(東南アジア条約機構)を再編しようとしているとか。勿論、今回の米大統領選挙の結果、従来親中派の民主党のバイデン大統領が誕生した場合、事態は少しは緩和するかもしれませんが、米国の基本方針の転換は後述の理由で変わらないと言われます。そこでアジア外交の主要プレイヤーである日本も傍観者、いわゆる“戦略的あいまい策”(ストラテジック・アンビギュイテイ)でなく、米中どちらに就くのか踏み絵を踏まされる状態になってきました。さらには米中対立打開の道と、その向こうにどの様な世界を描くか、福音派の立場から考えます。

(2)極論の間と福音派の態度

親中、媚中派

 踏み絵はキリシタン迫害を思い出し、忌避か覚悟を迫られるのですが、その前に落ち着いてまず頭の体操をやるのも悪くない、つまり究極を考えると言う事です。一つの究極的日本の選択は、中国の1省、中華人民共和国日本省になる、あるいは1民族自治区になる、そして日本経済を維持する。財界は人権、民主主義・・主義主張では飯は食えない、と密かに考えているようです。そこまで極端でなくても中華帝国の朝貢冊封体制に組み込まれ属国化も、やむを得ないくらいは覚悟しているようです。親中、媚中派と呼ばれます。

親米、従米派

 他方の究極的選択は、米国の51番目の州、アメリカ合衆国日本州にしてもらう。既に2015年オバマ大統領は、米国は世界の平和を保障する警察官を辞める、と宣言。次のトランプ大統領は2017年、自国第一主義を掲げ、世界の紛争拠点に配置している米軍を引き上げる方向転換でした。今回、バイデン氏が大統領となった場合、同盟重視でそこまでしないでしょうが、極論を考えて、もし日本の駐留米軍も引き上げるなら、とても自前の安保では中国、ロシア、北朝鮮、さらに不穏な動きの韓国の軍事的脅威に対抗できない。ならばいっそ米国の1州になれば軍事的不安は一挙に解消するし、今日享受している自由、民主主義、法の支配、人権尊重を失うことはないと言うもので、親米、従米派と呼ばれます。

福音派のスタンス

 これらは極論ですが、しかしこの両極の間をめぐって、どの様に日本のアイデンテテイと誇りを保って21世紀を生きるか、さらにはキリスト者としてどの様に考えるかです。そんなことは政治家の仕事であって、信仰に生きる者には関係ない、と言う向きもあるでしょうが、中国、北朝鮮、韓国の信徒を見れば分かるように、事は信仰に係る重要な状況だと認識します。「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」(マルコ12:17)と主イエスが述べられたように、信仰と政治の関係を考える事は、神の国と地上の国の二重国籍に生き、「世の光、地の塩」(マタイ5:13,14)である信仰者の当然の責務であります。

 さらにファンダメンタルな教派では、キリスト再臨により、新天新地到来で万事オーケーとなる。そんな地上の事に思い煩うより聖潔と宣教に励め、と言う神学もあります。終末論的にはそうでしょうが、安易に「歴史の終わり」(フランシス・フクヤマ)を説けば、そこで思考停止に短絡します。しかし歴史が続く限りは、信徒の責務も続くのです。リベラル派は“頭(神学)はドイツ、体(教会形成)はアメリカ”と言われますが、福音派は“頭も体もアメリカ”の影響大です。米国福音派はともすれば教義や動機が純粋ならば結果は問わない「心情倫理」(マタイ5:8)に偏りがちですが、結果にコミットする「責任倫理」(マタイ7:16)(M.ウエーバー)に成熟する必要があります。さもないと知らぬ間に構造悪勢力に利用されたり、加担させられる危険性があります。責任放棄せず粘り強く「地の塩」、「世の光」として証する信仰者に、愚考も何かのご参考となれば幸いです。

(3)世界史の構造

 次に、現代の米中対立の状況を世界史的立場から考えます。マルクス史観や皇国史観は過去のもので、現代の世界史の「大きな物語」の一つに「世界システム論」(I.ウオーラステイン)があります。もっとも現下のパンデミックの影響を受けた「疫病史観」、世界的流行の疫病(パンデミック)が歴史を変えた、と言う史観も成り立ちますが、より大きな物語としては「世界システム論」が有効でしょう。

 即ち世界の支配構造には、中心に「中枢国家群」があり、さらにその中の1国が「覇権国家」(ヘゲモニー)として君臨している。被支配関係の「周辺国家群」が中枢国家群に資源を収奪され、市場化され利潤を吸い上げられている。その中から抜け出て両者の中間的存在となった国家群が、「半周辺国家群」であり、頑張れば中心国家群の仲間入りし、失敗すれば周辺国家群に落ちる、と言うのが「世界システム論」。冷徹な世界史のパワー・ゲームの分析に役立つ仮説です。

(4)覇権国家の変遷

パックス・アメリカーナ

 そして「世界システム論」は、もう一つポントがあります。覇権国家は変遷すると言う事です。近代世界システムのヘゲモニー(覇権)国家は17世紀オランダ、18世紀イギリス、20世紀アメリカと移動しました。いわゆる「アメリカの平和」(パックス・アメリカーナ)の確立です。これに挑戦した戦前1945年日独伊枢軸国(全体主義、ナチズム、ファシズム)は欧米ソ中の連合国にホットな世界大戦で破れ、戦後は米ソのイデオロギー対立いわゆる冷戦の結果、1989年ベルリンの壁崩壊以来共産圏が崩壊、米国の勝利に帰結。さらにひと時日本アズNO.1と煽てられた日本の挑戦も敢なく退けられ、米国独り勝ち状況でした。

登り龍の中国の夢

 しかし、1966年以来10年に及ぶ毛沢東の文化大革命で疲弊した共産中国は、1978年鄧小平の改革開放路線で政治の共産党一党支配、経済の資本主義市場と言うアクロバット的政策が成功し、今や中国は経済もやがて軍事も米国を追い抜く勢いとなりました。習近平総書記は、2012年「中華民族の偉大なる復興」ヴィジョンを掲げ、一帯一路とともに「かつて東は中国から西はローマ帝国に及ぶ広大なシルクロードを勢力下に置き、鄭和の艦隊がアフリカの角にまで進出して文化や経済と科学技術をリードした中国の栄光を取り戻す」と宣言。いわゆる“中国の夢”と言うアメリカン・ドリームの向こうを張る成功に酔いしれ、中華世界秩序の再興(パックス・シニカ)と言う世界支配の夢を描いている。

 しかし、それはユートピア(理想郷)ではなく、デイストピア(暗黒郷)の様です。即ちデジタル監視社会による人権抑圧、思想信教の自由抑圧、法の支配を無視した共産党一党独裁、選挙による議会制民主主義の否定、チベット、ウイグル族等少数民族浄化の弾圧、軍事拡張による領土領海拡大主義(南・東シナ海不法占拠領有、香港弾圧、台湾、尖閣諸島侵攻)、経済の一帯一路政策による世界の中国市場化、ABIによる金融支配、サイバー攻撃、宇宙・深海支配、知的財産権侵害、孔子学院による中華思想宣伝・・実に超長期戦略で「世界システム」の覇権をグリップしようと狙っています。こんな時代錯誤政策は断固退けなければなりません。

<続く:第2回 へ>

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亀井俊博(かめい としひろ)

1942年香川県に生まれる
単立「西宮北口聖書集会」牧師、「芦屋福音教会」名誉牧師
同志社大学法学部法律学科卒、日本UPC聖書学院卒
(同志社大学神学部、神戸改革派神学校、神戸ルーテル神学校聴講)
元「私立報徳学園」教師、元モンテッソーリ幼児教室「芦屋こどもの家」園長
元「近畿福音放送伝道協力会」副実行委員長、

*<亀井俊博牧師のブログ>
「西宮ブログ」の『バイブルソムリエ

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(5)「まれびとイエスの神」講話(人称関係の神学物語)
(6)「時のしるし」バイブル・ソムリエ時評

 
(3)「モダニテイー(上巻):近代科学とキリスト教」講話
(4)「モダニテイー(下巻):近代民主主義、近代資本主義とキリスト教」講話

  
(2)「人生の味わいフルコース」キリスト教入門エッセイ
(1)「1デナリと5タラントの物語」説教集

『人生の味わいフルコース』
内容:お料理の味付け、甘辛酸苦旨の五味を人生論風にバイブルから説き明かしたキリスト教入門書。

 

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