田口 望
我孫子バプテスト教会 牧師
SALTY 論説委員
日本キリスト教協議会や日本福音同盟社会委員会なる団体がときおり、社民党や共産党のそれと見まがうような政治声明を出すことがありますが、この拙稿を読まれるクリスチャンもまたクリスチャンではない人もどうかそれらの主語が大きいクリスチャンの政治的な主張に惑わされないでください。
主語が大きい
「主語が大きい」とは10数年前のマンガを初出とする俗語です。
たとえば、子どもが親にスマホをおねだりするとします。そのとき、
友人のAさんとBさんがスマホを持っているので自分も買ってほしいといわず、もう少しその範囲を広げて話を盛って
クラスのみんながスマホを持っているので、自分も買ってほしい
といってみたりすることを主語を大きくするといいます。
あるいは自分一人の意見で全員に意見聴取をしたわけでもアンケートをとったわけでもないのに、
「日本人は」、「女性は」、「男性は」、「同年代は」●●だ
などと主語をその属性で大くくりにして、自分の意見を通そうとしたり、レッテル貼りをしたりすることを「主語を大きくする」といいます。
団体を束ねる団体
日本は民主主義社会であり、多数決社会です。ですから、主語を大きくすることは信憑性を高めたり、権威付けになったりさらには政治を動かす圧力団体になったりしますから、ある意味、主語を大きくみせることは仕方のないことなのかもしれません。
例えば経営者も経営者団体を組織しています。地域ごとの経営者団体があり、業種ごとの経営者団体があり、さらには経営者団体を束ねる経営者団体「日本経団連」があり同団体の代表が声明をだせば、それはそれは社会や政府に対して強い影響力があります。
労働者も労働組合を結成し、その組合が連なる企業別、産業別に組合があって、さらには
それら企業別労働組合を束ねる産業別労働組合をさらに束ねる、ナショナルセンターと言われる日本労働組合総連合会(略称:連合)というのがあって、これも政府や中央政界に大きな影響力を持ちます。
日本のキリスト教界の業界団体
さて、日本のキリスト教界にも似たようなことが言えます。キリスト者個々人がそれぞれ教会に属しており、その教会がそれぞれルーツをもっていてその多くが教団教派に属しており、さらにはその教団教派が協調したり、連絡を取り合うためにさらに加盟しているナショナルセンターにあたるような団体があります。
プロテスタントで大きなものを二つあげるとすれば、日本最大のプロテスタント教団である日本基督教団と、主に戦前から日本で活動しているいわゆる主流派といわれる教派が主として加盟している「日本キリスト教協議会(NCC)」と
主に戦後、米国人宣教師を中心に日本に入ってきた「福音派」とよばれる教団教派が加盟する「日本福音同盟(JEA)」が挙げられます
さて、2つの団体とも
冒頭申し上げたように天皇の代替わりについてですとか
首相の靖国参拝についてですとか
平和安全法制についてですかについて
いろいろと政治的な声明を発表しています。
少し多めに見積もって、日本には約100万人のキリスト教徒がいます。プロテスタントはその半分強ですから仮に60万人としましょうか。昨今、教勢が低迷しているといわれる主流派NCC系列と戦後成長が著しいとされる福音派がプロテスタント信徒60万人を二分する考えればそれぞれ30万人としましょうか。
であれば、日本キリスト教協議会の声明は30万人の主流派クリスチャンの声を代表しているのでしょうか?日本福音同盟社会委員会も30万人の福音派クリスチャンの声を代表しているのでしょうか?
私の属する教会、教派も例にもれずこれらの団体に加盟しているのですが、
今の今まで、これらの政治的声明について賛否を問われたことも意見を聴取されたこともありません。
私の知る限り、私の周りにいる同労牧師の多くは、自分の牧する教会の働きと活動に追われ、政治活動に傾倒する時間などありません。活動家のようなことができる牧師は一部です。
日本キリスト教協議会に加入している教会は多いのですが、同協議会がどのような声明をだし、どのような活動をしているのか関心を持っている牧師・信徒は一部なのです。
そのことを表す指標として同協議会のyoutube公式チャンネルの登録者数を見てみましょう。2024年2月1日現在チャンネル登録者数は219人です。
動画が20数本アップされていて一部数千回視聴されているものがありますが、それはいずれも動画のタイトルに「憲法9条」という単語が含まれていて、この単語で検索をした部外者がたまたまこの動画にヒットしたというのがあきらかです。それ以外はほとんどが数百回視聴が関の山。なかには数十回と私の教会単独の礼拝説教の動画配信よりも視聴回数が少ないものまであるような状況なのです。
そうなのです。これら左派と目される社会運動、政治運動をされておられる牧師は数十人、どんなに多くても数百人ほどで、それら一部の活動家の方がまるで30万人の日本のクリスチャンの総意かのごとく、政治的な声明を乱発されていますが、まさにこれこそ、実態と大きくかけ離れた「主語が大きい」状態なのです。
ちゃんと主語を使い分けている?
JEAの側も政治的な声明をいくつか出されていますが、彼らが出す声明とて、福音派のクリスチャン30万人を代表するものではありません。
JEAのホームページをみると日本福音同盟全体の声明ではなくて、日本福音同盟社会委員会声明となっているものが散見されます。これ、別物なんです。
国際連合の安全保障理事会などの非常に大きい組織では安保理決議が採択できなかった時に拘束力のない議長声明をだし、さらにはその議長声明すら取りまとめられなかった時により重要度の低い報道声明をだすことがありますが、国連安保理さながらに、JEA全体の声明と委員会声明とは使い分けておられるようです。
今の日本で、日本福音同盟の声明に関心を持ってみている人が何人いるのでしょうか?ましてや日本福音同盟の声明と日本福音同盟社会委員会声明との違いがわかっている人がどれほどいるのでしょうか?これは日本福音同盟の内側から声明に対する反対論が出てきたときには同盟全体の声明ではなく、あくまでJEA内部の一部門である社会委員会が声明を出しているだけだからと矛を収めるように諫め、一方で外に対しては日本に住む30万人の福音派のクリスチャンを代表して声明であるかのようにふるまうための方便のように、少なくとも私には見えてしまいます。まさしく主語が大きい状態です。
表にでる声明と実態に大きな乖離がある
日本のキリスト教は戦前・戦中と敵性宗教とみなされ弾圧された過去を持つため、国家権力に対して懐疑的で、個人の人権を重視する、革新的傾向が若干あるのは事実でしょう。
しかし、それは日本人一般の平均値から大きく乖離するほどかと問われれば私はそうは思いません。実際これらの団体が主催するキリスト教の大きな集会で、挙手で改憲派か護憲派かの簡単なアンケートをとっていたところに居合わせたことがあったのですが、改憲派と護憲派で拮抗していたのをみて私自身驚いたことがあります。確かに上述の大きなキリスト教団体の声明やキリスト教界の新聞メディアの主張は反戦平和、9条護憲一色なのですが、実際に日本人キリスト者個々人に政見を問えば、日本社会全体とほぼ似たような割合で与党支持者も野党支持者もいるのです。実際この日本キリスト者オピニオンサイトの西岡主筆も日本有数の保守派の言論人ですし、牧師を公言しながら現職の国会議員を務めておられる金子道仁参議院議員は所属政党が日本維新の会ですから決して左派ではありません。
わたしがいつも言うことですが、イエス様の十二弟子のなかにも、親ローマ帝国の立場をとる取税人マタイもいれば、反ローマ帝国の急先鋒独立を訴える熱心党員シモンもいて政治的には右から左までいたことが聖書に記されています。
イエス様を信じ、クリスチャンになったからといって特定の政治思想を強制、強要されるわけではありません。ですから、一部の活動派の牧師が発する主語の大きい政治的な発言に惑わされることがないようにしてください。