パレスチナ問題健忘症-田口 望-

田口望
田口望

 

 

 

 

田口 望
我孫子バプテスト教会 牧師
SALTY 論説委員

そもそも今回の問題の主因は何年前の出来事に起因するのか?

日本のマスコミはイスラエルのガザ地上侵攻に対して
「無辜の一般市民を巻き添えにするな」
「即時停戦」
の大合唱です。そして、そもそも、10月7日のハマスからイスラエル一般市民への凌辱、拉致、殺人、放火などの第一撃ですらイスラエルによるパレスチナへの「不当な占領」が遠因であるといいます。そのあと、解説として2000年前のユダヤ人国家の亡国、100年前のイギリスの三枚舌外交、50年前の中東戦争、30年前のオスロ合意などの解説をして、「自分は中立ですよ」としたり顔で解説で終わる・・・。
そんなyoutube動画、新聞解説、テレビ報道がいっぱいです。
国際社会は無責任です。そして忘れっぽい。

それは18年前のイスラエルの譲歩から始まった

今回のガザ地区からのイスラム原理主義組織ハマスからの攻撃の直接的な主因の一つは
2000年前の出来事でも、100年前の出来事でも、50年前の出来事でも、30年前の出来事でもなく、18年前のある政治的決断だと私は考えます。
18年前のある政治的決断に対して、イスラエルの多数派がそれを支持してしまいました。国際社会ももろ手をあげて支持しました。私自身も大賛成しました。この拙文を読んでくださっている18年前に既に成人を迎えていたであろう40歳以上の方は、その国際ニュースに接した際に、無責任にもその政治的決断について賛成したはずなんです。
そして、その政治的決断が原因で、今回イスラエルの無辜の一般市民がなくなっているのです。
今回、イスラエルはその反省を踏まえて、右派も左派も挙国一致内閣が出来ているのです。その反省があるから、ガザ地区への地上侵攻とハマスの殲滅を宣言しているのです。
その政治的な決断とは18年前、イスラエルの首相だったアリエルシャロン首相のガザ地区からのイスラエル軍とユダヤ人入植地の全面撤退のことです。現在のニュースではイスラエルがパレスチナを「不当に占領」したことばかりが強調されますが、イスラエル側が、パレスチナ側と完全な合意に至ったわけでもないのに「自主的に撤退」したことがあったの読者諸氏はどれほど覚えているでしょうか。
 パレスチナ自治区のうちヨルダン川西岸地区に関してはイスラエルは警察権を手放していません。現在にいたるまでイスラエル側治安当局とパレスチナ側治安当局で協力して、警察業務を担っていますが、ガザ地区には関しては警察権も含めて完全撤退し、制空権、制海権を除いては事実上、完全な自治を認めたのです。
(その後、ガザ地区からのロケット弾がイスラエルに着弾、制裁としてイスラエル軍が小規模な空襲と地上侵攻を行っているが都度撤退して、ガザ地区に新たに入植地を作ったり、ガザ地区から警察権を奪うようなことことはしてないのでその詳細は割愛します。)

硬軟織り交ぜたシャロン首相の政治手腕

アリエル・シャロン イスラエル元首相 ウィキペディアより
アリエル・シャロン イスラエル元首相 ウィキペディアより

 この大英断を下した政治家はイスラエルでも大変人気が高く、豪胆な政治家でした。日本でいえば田中角栄元首相のような政治家でした。そう、田中角栄元首相もシャロン元首相もあだ名は同じく「ブルドーザー」です。右派リクード党の強硬派とも目された政治家でした。がその右派のシャロン首相が、占領地を広げるどころかパレスチナ側に特に条件をつけるでもなく、「自主的に撤退する」と宣言し、特にガザ地区では完全撤退すると言い出したものだから、このニュースは大変な衝撃を持って受け止められました。

 そして、あの強硬姿勢一辺倒にみえたイスラエルが「北風と太陽」のたとえでいえば「太陽」のような大胆な宥和政策に打って出たことは、私も含めて、読者諸氏もパレスチナ和平を前進させるものだと考え、その時、皆もが無責任にも賛同し支持したのす。

ガザの全面撤退が残した禍根

 その結果が今回の事態です。
 ヨルダン川西岸地区なら警察権はイスラエルとパレスチナの共同管理ですから、5000発ものロケット弾を持ち運ぶことも、隠すこともできないでしょう。しかし、ガザ地区に関してはイスラエル完全撤退してしまっている。ガザ地区事態がブラックボックス化してしまっています。現地で警察権を行使している者自体がテロリストであるハマス自身なのです。ですから、実質やりたい放題。ガザ地区に縦横無尽に張り巡らされた地下通路にロケット弾も武器工場も隠し放題です。そう、これがハマスによるイスラエル攻撃の直接の原因が18年前のガザ撤退にこそあると私が考える理由です。

忘れっぽく一時の感情に流される国際世論

 国際社会も日本の世論もマスコミも私も含めて無責任です。18年前シャロン首相のガザ撤退という決断を無責任にも支持しておいて、その結果、今回イスラエルの善良な市民が多数死んでいるのに、その政治的決断を支持したこと忘れて、反省もせず、今度はガザの善良な市民を死なないために地上侵攻を思いとどまるようにと、また無責任に主張するのです。
 それでは、マスコミのいうように、国際社会のいうように、その主張にのっとって、イスラエルがガザの地上侵攻を思いとどまったとしましょうか。その結果ハマスを殲滅できず、駆逐できなかったハマスの残党がまた、イスラエルの善良な市民を殺害したり拉致したりしたときに、あなたはその責任を取れるのでしょうか?
ちなみに18年前、シャロン首相がガザ撤退を決断したとき、閣内で党内で必死になって、ガザの撤退は将来必ず禍根を残すと反対し続けたのがシャロン内閣の財務大臣にして、現在のイスラエル首相であるネタニヤフ氏でありました。

イスラエル人は占領ではなく撤退したことを悔いていることだろう

この18年前の経緯があるからこそ、今イスラエルで右派も左派も含めて挙国一致内閣が出来ているのです。国際社会はパレスチナへの「不当な占領」がパレスチナ人の恨みを買って今回の戦争に繋がったと無責任にいうでしょう。しかし、イスラエル人は上記の経緯を踏まえてパレスチナからの「自主的な撤退」が今回の戦争に繋がったと考えるでしょう。
イスラエルは国際社会の反対を押し切ってガザ地区に地上侵攻をするでしょう。そして、一度付与されたガザ地区の自治権は大幅に、あるいは完全に制限されることになるでしょう。しかし、その責任を一様にイスラエル側に押し付けることはできないと私は考えます。