慰安婦問題で韓国にいかに反論すべきか – 西岡 力 –

 

 

西岡 力
 「救う会」:北朝鮮に拉致された日本人を救出する全国協議会 会長
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 主筆

慰安婦問題で韓国にいかに反論すべきか

 「慰安婦問題は戦時に幼い少女を性奴隷として連行していった人権と正義に関する自然法の問題であり、契約法論理を適用できないと伝えた」。2017年6月12日、韓国の与党「共に民主党」秋美愛(チュ・ミエ)代表が、訪韓中の二階俊博自民党幹事長らと会談した後、SNSに書いた内容だ。

 秋代表の説明によると、二階幹事長は両国間の約束なので慰安婦合意は守らなければならないと主張したという。それに対して秋代表は「約束なので守らなければならないというのは、契約法上の論理に過ぎない。被害者を脇に置いたまま、真実の発見にはいかなる努力もしなかった国がいくばくかのお金を出して合意したことに韓国国民は同意できないとはっきりと声を上げている」などと反論し「韓日慰安婦再交渉を要求した」とSNSに書いた。


秋美愛(チュ・ミエ)代表による、歴史的事実に反する重大な誹謗中傷

 秋代表の「戦時に幼い少女を性奴隷として連行」という慰安婦認識は、歴史的事実に反する重大な誹謗中傷だ。二階幹事長は秋代表に「あなたの事実認識は間違っている」ときちんと反論したのだろうか。二階氏側から秋代表との会談内容が具体的に公開されないことからして、反論していない可能性があると私は疑っている。
もし反論しなかったなら、自民党の幹事長として公約違反を犯したことになる。自民党は2014年12月の総選挙で掲げた政権公約で「虚偽に基づくいわれなき非難に対しては断固として反論し、国際社会への対外発信等を通じて、日本の名誉・国益を回復するために行動します」と約束したからだ。

 安倍晋三首相も、2016年1月18日の参議院予算委員会で慰安婦問題に対する国際社会の日本非難について「正しくない誹謗中傷があることは事実だ。性奴隷20万人といった事実はない。政府として事実でないとしっかり示していく」「戦争犯罪の類いのものを認めたわけではない」と正論を主張した。岸田文雄外相(当時)も「性奴隷といった言葉は不適切で、使用すべきではないというのが日本の考え方だ。適切に申し入れを行っている」と答弁した。
しかし、秋代表に対して韓国に駐在している日本の外交官らが「性奴隷という言葉は不適切だ」と申し入れたという報道はない。それどころか秋代表が二階氏との面会の2日後、日本大使館前に現れて、「二階幹事長に慰安婦合意無効であり再交渉しなければいけないと伝えた」などと得意げに演説している。


「慰安婦は軍が管理した公娼制度であり性奴隷ではない」— 李栄薫教授

 国際社会では反論しなければ相手の主張を認めたことになる。その外交における基本を外務省と多くの政治家が無視し、むしろこちらが謝罪して誠意を見せれば相手も理解してくれるという式の安易な対応をしてきたことが、いまだに少女を性奴隷にしたなどという誹謗中傷を受け続けている原因だ。

 今後、韓国に対しては慰安婦合意を守れとだけ要求するのではなく、事実関係に踏み込んだ反論を適宜行っていくことが絶対に必要だ。その際、韓国の最高学府であるソウル大学の歴史学の教授が「慰安婦は軍が管理した公娼制度であり性奴隷ではない」と多くの史料を提示して主張していることを引用すべきだ。

 李教授は保守言論人鄭奎載氏が主宰するインターネットテレビで12回連続で「李栄薫教授の幻想の国」という韓国近現代史講義を行った。その最終回が「慰安所の女性たち」で、2時間を超える講義が2016年8月22日と23日に3つに分割されてアップされた。
(詳しい内容は拙稿「ソウル大学教授が慰安婦奴隷説を否定」を参照して欲しい。 http://harc.tokyo/?p=193

 その中で李教授は「日本軍慰安所管理人の日記」や2万5千円貯金をしていた元慰安婦の証言などさまざまな資料を学問的に引用して日本軍慰安所は、「軍部隊の公娼」と結論づけた。「女性たちは主に人身売買(親がお金を貰って娘を売るなど)や就職詐欺の形で慰安婦になるのが一般的だった。一部の人々の、『軍や警察に不正に拉致された』という主張は、ほとんどが口述記録であり、客観的資料としての信憑性がない」と李教授は指摘している。

 李教授は「最前線でない場合は、慰安所の女性たちの廃業申告はだいたい受け入れられた」と説明し、「慰安婦は性奴隷」という主張について、以下のように否定した。
「慰安所の女性をどのように規定すべきか。多くの学者たちは性奴隷という主張を受け入れている。移動の自由がない、監禁生活、日常的な暴力、正当な報酬を受け取っていないという点などを根拠として提示している。ただし、複数の資料を総合的に検討した結果、これはかなりの部分で根拠が不十分である。」

李教授は朝鮮人慰安婦20万人説も否定した。
「朝鮮人慰安婦が20万人だとすれば、日本人や中国人の慰安婦をすべて合わせた慰安婦は数十万人いなければならないことになる。当時の日本軍が合計250万人だったという点を勘案すれば、話にならない話である」「朝鮮人慰安婦は最大でも5000人程度だと見てこそ合理的である。」

事実関係に踏み込んだ反論をする際には、こちら側がきちんと事実を踏まえていなければならない。その点で最近、日本のネット上で韓国に対する事実に反する主張が散見されることは残念だ。


ネット上の事実誤認の問題への反論

 不特定多数の書き込みによって作成されているネット上の「百科事典」であるウィキぺディア日本語版の「慰安婦像」の頁に以下のような事実に反する記述があった(2017年6月15日閲覧、なお、その後私の主張などを入れて記述は修正された)。
〈 像の造形について、議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件に抗議してキム・ウンソン夫妻が製作した被害者の少女らを象った一対の像のひとつとの類似が指摘されている[要出典]。この像は、事故死時に少女たちの靴が脱げていたことを受けて、拳を握り締めた裸足の少女が2人椅子にかけて正面を見つめている、というものであった。〉
「要出典」という註がつけられているが、ネット上では慰安婦像のモデルが米軍装甲車に轢かれて死んだ女子中学生だという主張が恰も事実であるかのように拡散している。しかし、これは明確に虚偽だ。そもそも、慰安婦像は民族衣装であるチマチョゴリを着ているが、交通事故で亡くなった2人は洋服を着ていた。

 慰安婦像の作家である金運成(キム・ウンソン)氏は日韓慰安婦合意が公表された直後、左派系新聞のハンギョレ新聞社が発行する週刊誌「ハンギョレ21」2016年1月11日号のインタビューで慰安婦像作成過程を次のように詳しく語っている。そこでは米軍の交通事故事件はまったく出てこない。

 慰安婦像は金運成氏とその妻である金ソギョン氏によって製作された。金氏夫妻は親北朝鮮団体に関わり、反米活動を数多く行なってきた極左活動家だ。金運成氏は、「民族美術家協会」の事務長として2007年に北朝鮮を訪問した。
金氏らは慰安婦像を「少女像」と呼んでいる。汚れない少女を日本軍が強制的に性奴隷にしたという彼らの固定観念がそこに込められている。

 合意発表以後、朝日やNHKなど多くの日本マスコミが「慰安婦を象徴する少女像」という表現を使い始めた。日本も彼らの固定観念を受け入れているかのようで危険な用語だ。

 金氏がそのインタビューで慰安婦像に込められた意味を語っている部分を翻訳する。
〈少女像は頭を短く刈られており、靴を履いていない。軍人らに自分たちの生活を奪われたお婆さんたちの少女時代を描いた。少女はかかとをついてない。朝鮮の娘でありながら、その地に根を下ろすことができずに生きてきた痛みそのものだ。
しかし、希望もこめたかった。少女像の左の肩に止まっている鳥は平和を、空席の椅子はだれでもともに座りお婆さんたちと連帯してほしいという意味を込めた。少女とつながる影にはお婆さんたちの今の姿を投影し、影の中の白い蝶はより良い人生への生まれ変わりを望む心を込めた〉


日本でまったく知られていない新しい事実

 以上でネット上の事実誤認への反論は十分だろう。ここでもう一つ、日本でまったく知られていない新しい事実を指摘したい。民族衣装を着た少女が椅子に座っている慰安婦像というアイデアは、実は挺対協や金運成氏が出したものではなかった。慰安婦像設置を後押しした金ヨンジョン鍾路区長が最初に提案したという。

 2011年3月、反日団体である挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が日本大使館目に慰安婦の記念碑を建てたいと鍾路区長に面会した。その席で金ヨンジョン区長が、道路法上、記念碑建立は道路専用許可が必要だが、芸術品に分類される慰安婦像なら許可対象ではないとして、像を造ることを助言したのだ。
金ヨンジョン区長は文在寅政権の与党である「ともに民主党」所属で区長になる前、26年間建築士として働いていたという。金区長は「黒色短髪に白いチョゴリ、黒色スカート、木いすとそのそばの空の椅子、15度上を向いて大使館を凝視する視線など現在の少女像の基本コンセプトも出した」(ネット版「毎日経済新聞」2017年1月14日)という。
なお、金運成氏が挺対協から慰安婦像作成を依頼されるのは2011年5月だった。だから、金ヨンジョン区長の基本構想にのっとって反米芸術家の金運成氏が制作を担当したのだ。

 釜山の総領事館前の慰安婦像設置に当たっては、釜山市東区庁が一度、像を撤去したが、世論の反発に負けて像の設置を許すという経緯があった。しかし、ソウルの日本大使館前ではそのようなことは起きなかった。区長自らが像設置を企画し後押ししていたからだ。
日韓慰安婦合意の直後の2016年126日付けソウル新聞で金区長は「(慰安婦像は)芸術作品であるので移転、撤去はない」「中央政府から要請が下りてきても撤去する根拠はないし、担当行政機関として撤去する考えもない」と断言している。

 事実に基づいて反論するためには相手を知らなければならない。日本では鍾路区長が慰安婦像設置には果たした役割についてまったく報じられていない。これでは国際広報戦に勝てない。

 

(月報 朝鮮半島 (第1回) まさに法匪(ほうひ)の弁 Will : マンスリーウイル (152) 2017-08 )