一座建立 −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第31回 

 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主催

一座建立

 

● 髙山右近たち、キリシタン時代の 茶の湯において、大切に考えられていた 3つの事柄は

「 市中の山居(しちゅうのさんきょ) 」 「 和敬静 ( 清 ) 寂(わけいせいじゃく) 」 「 一座建立(いちざこんりゅう) 」 

 ━━ ということでした。

● 「 一たび 茶によって結ばれた 人間相互の結合は、いかなることがあっても、鎖断することがない。」  ( 西村 貞  「 キリシタンと 茶道 」 )

 “ 一たび キリスト によって結ばれた 人間相互の結合は、いかなることがあっても、鎖断することがない。”

 ━━ と 言えそうですネ。

 「 茶事は、ただ 茶を喫して、その味覚を娯 ( たの ) しむというだけでは意味をなさぬもので、少人数の会合という点に 意味があり、主客一体となって 融け合う、結合の世界が求められる。

 それによって、つながる 一座の人々の融和は、それが 小間 ( こま ) であればあるほど、心と心が じかに触れ合うことになる。」

  このようにして、茶の湯を通して、目には見えないような つながりが、一生にわたって 消えない絆となっていきました。

  髙山右近たち ・ キリシタンの場合は、横のつながりだけではなく、上を目指して、神に通じる 縦のつながりが加えられ、立体化されて、完璧なものとなっていきました。

 

● 髙山右近たち ・ キリシタンの場合は、

 主客が一体となり ・ 融け合い ・ 連座の人々が結合される世界は、まさに 「 教会 」

です。

 「 教会 」 の もともとの意味は “ 集まり ” ということで、イエス ・ キリストを 主と仰ぐ 聖徒たちが、主にある 兄弟姉妹として、 “ 神の家族 ” を形づくり、週ごとに集まり、交わりを深めていっているのが 「 教会 」 です。

 

 “ 見える教会 ” だけでなく、古今東西、すべての、主にある聖徒たち全員が、

 “ 見えない教会 ” ・ 一座 を建立 ( こんりゅう ) しているのが、真の意味の 「 教会 」 です。

 

 “ 主 ” は、三位一体の 主なる神。

 “ 客 ” は、古今東西、すべての聖徒たち。

 主客一体 ・ 一座建立の 交わりとしての 「 教会 」!

 

● 髙山右近たち ・ キリシタンの場合、茶の湯の本質である

 [ 市中の山居 ] [ 和敬静寂 ] [ 一座建立 ] も、デウス ・ キリストと しっかり 結びつき、その結びつきを深めていくことによって 到達出来る境地

でしたから、

 “ 茶の湯と信仰 ” の双方が、互いに 深め合い ・ 高め合う、すばらしい関係にあって、 「 道 」 として、 “ 人格形成の道 ・ 神に通じる道 ” となっていったのでした。

  信仰に満ちた茶道 ・ 茶道において培われた信仰  ━━ に なっていきました。

 

 私 ( 久保田 Ukon 典彦 ) は、 “ 茶の湯 ” をやってはいませんが、クリスチャンとして、茶の湯の本質である

 [ 市中の山居 ] [ 和敬静寂 ] [ 一座建立の境地を 追求していくこと ・ その境地に近づいていくことは、出来そうです。

 

 【 参考図書 】  「 キリシタンと茶道 」 ( 西村 貞 ・ 著 )

 

 

 

 

 

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久保田 Ucon 典彦

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

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「髙山右近研究」をライフワークにしています。
髙山右近やキリシタン達を通して、いっしょに考えていければと思います。