スピリチュアルケアとは −亀井俊博−

 

 

 

バイブル・ソムリエ:亀井俊博

「西宮北口聖書集会」牧師
「芦屋福音教会」名誉牧師

「スピリチュアルケアとは」

2021・6・7

「全人医療とスピリチュアルケア」書評

田頭真一先生との関り

 SALTY誌上での拙稿 “教会にはなぜ女性が多いか?”(5月28日)でご紹介しました、畏友 田頭真一(たがみ しんいち)先生の近著「全人医療とスピリチュアルケア、聖書に基づくキリスト教主義的理論とアプローチの手引き」(いのちのことば社)の書評を述べさせていただきます。

SALTY:“教会にはなぜ女性が多いか?” (2021-5/28)

 その前に田頭先生と私との関りをご紹介します。先生は1958年沖縄県生まれ、関西学院神学部、聖書神学舎、米国フラー神学校、バイオラ大学タルボット神学校,各卒業。英国オックスフォード大学留学、教育学博士、心理学博士、名誉神学博士、現在沖縄県那覇市の社会医療法人葦の会オリブ山病院理事長、読谷バプテスト伝道所牧師、沖縄聖書神学校教授で、全人医療について、オックスフォード大学根拠に基づく医学会で研究発表、中国人民病院国際病院フォーラムで講演、国内外で活動する。と言う輝かしいキャリヤをお持ちの方です。

 今から、40年ほど前、わたしが当時牧師であった芦屋福音教会に、若き田頭青年が関西学院大学入試のため西宮に来られた日曜日、芦屋市内のバプテスト教会を探しても見つけられず、歩いていると当教会の前を通りかかり、そのまま礼拝に出席、以後神学部学生時代2年間まさに献身者としてご奉仕下さったのです。お医者さまの御子息として育ちの良い、実に爽やかな好青年で、しかも熱いこころで主を愛し、礼拝、祈祷会、平日の奉仕も喜んでなさり、信徒の方々に大変愛された、評判の良いテモテのような方でした。こんなに偉くなられるとは!神の御業は誉むべきかな。

 田頭先生には最近、日本キリスト教団兵庫教区播州地区の教師研修会でご講演頂き大変好評でした。講演依頼者 安東優、同教団 飯盛野教会牧師は私の前任教会時代の役員で、当時田頭先生は神学生であり、共に信仰に励まれた教友でした。

 なお、この書評は田頭先生よりの御依頼で執筆し別紙に掲載予定ですが、先生の御承認を頂き本誌読者にもご紹介し、広く先生の御著作をお勧めするものです。

日本のホスピスの先駆け

 ご両親も一度来会。証を伺うとお父様、田頭政佐医師は京都大学医学部出身の精神神経科医で、当時主流の閉鎖病棟に患者を閉じ込める非人間的な治療に疑問を抱き、解放病棟で患者の人格と人権を尊重する自由な治療を目指す理想を抱いて、1958年沖縄で「たがみ医院」を開院、大きな成果を挙げられた。しかし当時、精神科は治癒が困難な患者が多く、医師として無力感に苛まれ、自暴自棄に陥っていたと言う。その頃、御長男真一君が那覇バプテスト教会の幼稚園児となり、その保護者参観日に出席、そこで名牧師 国吉守先生と出会いキリスト教に目覚め、その手引を受けて信仰告白、受洗された。

 以後キリスト教主義を掲げる病院として、人間には限界がある、この世界が全てではない。この世界で治癒が困難な患者は絶望しかないが、死後天国がある。そこでは地上では治癒困難な患者さんも神の愛により救われ、癒された健やかな人間として回復される希望がある。その天国に入れていただくため、罪を悔い改め、神の御子の十字架の贖いを信じて神様と和解する以外に救いはない、との確信によって全人的医療、身体的、精神的、社会的、そして霊的医療を進められ、大発展された。

 やがて世界各地で研鑽された真一先生が帰国。英国シシリー・ソンダース医師による1967年ロンドン・クリストファー・ホスピスに発する世界的ホスピス・運動に共鳴、1983年オリブ山病院にホスピス病床を開設し日本の先駆けとなられた。ご父君が神様の御許に召された後理事長となられ、オリブ山病院を中心に沖縄県有数の病院に成長なさっている。

田頭先生の研究と実践の結晶

 この度、先生の学問的研究と医療・教育の実践から生まれた結晶としての著作集、“いのちと死を考える三部作”が完成。すなわち、①「老金期」(Amazon POD版:2021/3/17)、②「天国で神様に会う前に済ませておくとよい8つのこと」(東邦出版:2018/3/14)、③「全人医療とスピリチュアルケア」(いのちのことば社:2021/03/20)です。
そして近刊予定には、「僕たちはどう死ぬか~どう死ぬ、いつ死ぬ、どこで死ぬ~(仮題)」(幻冬舎)があります。

 ここでは「全人医療とスピリチュアルケア」の読後感を述べさせていただきます。前半は理論編、後半は実践編です。いずれも充実した内容ですが、前半の理論編は V.ジヤンケレヴィッチの死の人称性理論により整理されると、より分かりやすかったかとは思います。

もやもやの霧が晴れる

 とにかく明快、わたしも半世紀間牧師として様々な死の現場に立ち会ってきましたが、そこで感じたもやもやの霧を一吹。さらに、時代の変化で死への対応がタブー視されなくなったのは善いが、そこにも胡散臭い霧が立ち込め、このもやもやも一吹。田頭先生の福音主義神学、心理学、カウンセリング、医学、教育学、社会学、の深く広いご研鑽と、病院・学校・教会そして家庭の責任者として、現場の実践から生まれた迫力ある文章は、余人の追随を許さないものがあります。わたしの狭い経験ではとても全貌を評価どころかフォローすらできませんので、前記もやもやの霧が晴れた事についてのみ感想を述べます。

 まず、表題のスピリチュアル・ケア、宗教的ケア、キリスト教的ケアのあいまいもやもやの霧が晴らされています。かつては医聖ヒポクラテスの誓い “依頼されても人を殺す薬を与えない” にある通リ、医療は生についての援助であり、死の援助はしてはならない鉄則がありました。そこで死を看取るホスピスは胡散臭いものに思われ、キュブラーロスの臨死体験の実証的研究も異端扱いでした。しかし長寿社会になり、死への関心が高まり、さらに東北大震災で多数の死者が出、その遺族の悲嘆に死の問題が多く、宗教者のケアが求められ、ついに2017年東北大学に国立大学で初めて臨床宗教師養成の講座が設立。また、やがて迎える団塊の世代の死、さらに今回のコロナ禍と言う大量死時代に直面しています。

 生のみ考慮し、死を忘れていた現代人が予期せぬ死に直面し、不安、動揺、自暴自棄になって看護者に当たり暴力さえ振るう医療現場の惨状に、行政も宗教的対応を考慮せざるを得なくなっています。そこで死に直面する人へのスピリチャル・ケア、宗教的ケア、キリスト教的ケアが説かれるようになったのですが、その理論と実践が曖昧で、もやもやの霧が立ち込める様になりました。私も前任教会時代、関西カウンセリングセンター受講し、理事長 古今堂雪夫 大阪府大助教授の個人的ご指導を受け、20年間「こころの相談室」を開設、来談・電話で多数のカウンセリング現場を体験、そこでこのもやもやの霧を実感したものです。

欺瞞でなく真実に 

 この様にして生だけでなく死もタブー視せず、医療の課題として取り組むことになったのは慶賀すべきです。しかし、そこに日本的、田頭先生にとってはユタと言う沖縄的宗教風土から起こるもやもやの問題が発生したのです。つまり死の恐怖に付け込み、怪しげな死の商法宗教が介入し患者を食い物にしている現実。

 さらに近代科学を標榜する医学の立場から、特定の宗教によらない死の看取りを標榜する公的認定の宗教的ケア、臨床宗教師と言っても、それは死の受容と言う、いわばこころの平安と言う心理学的アプローチの限界から立ち昇るもやもやです。

 さらに混迷するもやもやは、キリスト教大学のリベラル神学によるキリスト教的ケア、「死生学」をわたしも受講しましたが、最後は受講生が涙を流す一種宗教的救済に似たカタルシスを覚えるものですが、何かそこに欺瞞があるとしか思えませんでした。こんな学問的装いで死の真相を覆い隠してよいのか、宗教的ケア担当者や死生学の教師は神の前に、死にゆく人の行く先の責任を取れるのか?

 預言者エレミヤが「彼らは、わたしの民の傷を手軽にいやし、平安がないのに、『平安、平安』と言っている」(エレミヤ6:14)と厳しく警告している。客観的学問の名のもとに、恐ろしい嘘がまかり通っている、わたしはこの風潮にもやもやしていました。

 本書に記されていますが、かつてはがん告知はタブーで、私も牧師としてがん患者を見舞う時、家族からがんだと気取られないように協力くださいと依頼され、悩んだものです。敏感な患者も薄〃気づいており、騙しだまされ送られる人生最後のもやもやへの同様な加担は御免です。不都合な真実でも真実を告げ、同時に明瞭・客観的な救いを提供すべきです。

もやもやの霧を払う福音主義的ケア 

 そこに田頭先生は、福音主義神学に立つホスピスの現場から明瞭なメッセージを発せられもやもやの霧を吹きはらわれた。

 すなわち神の客観的真理啓示の書、聖書によるなら、死は罪の結果であり、その罪を悔い改め、神の御子イエス・キリストの十字架の贖いを信じて神様と和解し天国に入れて頂く、ここにこそ真の死の解決がある。これ以外にないと神の啓示の言葉聖書に客観的に明示されている。

 そしてオリブ山病院のホスピスでそれが実践され、多くの患者さんがイエス様の福音により死の解決を得て、年間数130人余りも洗礼を受け天国に凱旋していると、エビデンスをもって報告されています。

 もっともここ数年は2桁の受洗者数に減少、理由はホスピス在院日数が、以前は六ヶ月程度だったのが最近は平均40日程度、また数日、数時間で亡くなられ、スピリチュアル・ケアが難しくなっているとの事。しかし宣教力衰退で現場の教会でもこの数は驚異です。この事実を誰が否定できるでしょうか。スピリチャル・ケア担当者は勿論、全ての人は謙虚に耳を傾ける必要があると思います。

 また現代社会問題のLGBTや性同一性障害も、当事者の人格や人権を尊重しながらも、それを “あるがまま受け容れる” のが真に解決になっているのか、疑わしいと田頭先生は病院のカウンセリングの現場から報告し、むしろ聖書に記されている、神の創造の秩序としての性のありかたにこそ祝福がある事を示す事こそ真の愛だと説く。私の様に牧師として牧会の現場で対応に苦慮する者にとって、医療現場からの発言、報告は大きな励ましです。

 この書は、死の問題を避けて通れない医療現場の方々は勿論、牧師、信徒、さらにはカウンセラー、教師、他宗教の教職、臨床宗教師、死生学の教師等専門家のみならず、人はみな必ず確実に訪れる死の真相と、その解決のため現代人必読の書とお勧めします。

 「傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。」   イザヤ書42:3

社会医療法人葦の会の標語

 

全人医療とスピリチュアルケア
聖書に基づくキリスト教主義的理論とアプローチの手引き(801939)

田頭 真一(いのちのことば社 発売)

定価:1,980円
本体(1,800円)+税

発売日:2021/03/20

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亀井俊博(かめい としひろ)

1942年香川県に生まれる
単立「西宮北口聖書集会」牧師、「芦屋福音教会」名誉牧師
同志社大学法学部法律学科卒、日本UPC聖書学院卒
(同志社大学神学部、神戸改革派神学校、神戸ルーテル神学校聴講)
元「私立報徳学園」教師、元モンテッソーリ幼児教室「芦屋こどもの家」園長
元「近畿福音放送伝道協力会」副実行委員長、

*<亀井俊博牧師のブログ>
「西宮ブログ」の『バイブルソムリエ


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(5)まれびとイエスの神」講話(人称関係の神学物語)

(6)「時のしるし」バイブル・ソムリエ時評

(3)「モダニテイー(上巻):近代科学とキリスト教」講話

(4)「モダニテイー(下巻):近代民主主義、近代資本主義とキリスト教」講話

(2)「人生の味わいフルコース」キリスト教入門エッセイ

(1)「1デナリと5タラントの物語」説教集


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