書評 中川コージ著『巨大中国を動かす紅い方程式』 −中川晴久−

 

 

 

 

 

中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
日本キリスト神学院院長
SALTY-論説委員


< 中川コージ著『巨大中国を動かす紅い方程式』 >

 今回紹介したいのは、中川コージ著『巨大中国を動かす紅い方程式』です。

中川コージ先生は、北京大学大学院戦略管理学科で日本人初の博士号を取得された方です。そしてこの本は、長く中国に滞在している中で組織戦略論の視点から中国共産党を真正面から取り扱った本です。
中国共産党による国家運営と統治の方法も日本とはまるで違います。だから誤解も多く、さらに中国の情報統制による不透明さゆえに理解が難しいことは、皆さんも感じていることだと思います。
とはいえ、この本を実際に手に取り開いて見てすぐにわかることですが、この本を誰もが読みやすく、分かりやすいと思うはずです。さらに1章までを読むだけでも、不透明に思えた中国共産党の組織構造が驚くほどクリアになってしまいます。

< 一般社団法人 救国シンクタンク >

中川コージ先生をまず初めに知ったのは、コージ先生が救国シンクタンクの研究員になられたことからでした。ここで、先に救国シンクタンクについて紹介させてください。というのも、私はこのシンクタンが重要な働きをしていることを知っているからで、今後多くの人たちに必要であると考えているからです。
救国シンクタンクは理事長である倉山満氏が正論の通る世の中にしたいと、必要を訴えて設立したものです。設立趣旨の冒頭に「我々が目指すのは、正論が通る日本です。救国とは、正論が通る日本にすることです。」と掲げ、「政策の
提言、普及、実現」を行っています。

私自身、救国シンクタンクの会員となって情報を得ているのですが、会員になると、倉山満、渡瀬裕哉、江崎道朗、中川コージ(敬称略)という研究員の方々が交替でする最新の情報提供を受け取ることができます。

先の米国大統領選においても、私は救国シンクタンクからの情報を得ていたので、米国大統領選およびその後の展開について、私はほぼ正確にことの成り行きを見ることができました。SNSなどによるネット環境の高度化によって、情報が氾濫し何が正しい情報であるかを知ることが難しい時代になっています。信頼できる情報源が大切です。過去、誰が真実を語り誰が偽りを語っているかを見て、情報源を変える必要があります。より正確に情報分析をし、より情報戦でもより判断し戦う必要があるならば、信頼できる情報源としてこの場をかりて「救国シンクタンク」をお薦めします。

< まず「反中」よりも「知中」 >

 『巨大中国を動かす紅い方程式』の帯には出版元の徳間書店が「まずは『知中』でなければ『反中』もありえない!」と示しています。
確かに、昨今における中国問題では、中国の内部構造をよく知らないままに
感情的な言論に終始している言論人も多く、彼らからの情報の受け手となる私たちがそのままでいいのかということの方が問題です。まず中国をより正しく知る必要があり、そうでなければ対処のしようがなく、いかに向き合うかも見えてこないわけです。「知中」でなければ「反中」もありえないでしょう。
先に紹介した救国シンクタンクにおいて、倉山満氏が「日本は正論が通らない世の中になっている。だから、正論が通る世の中にしよう。」ということで、設立したことを伝えました。倉山氏がコージ先生を研究員として招いたのは、今後、中国との関係が大きくなっていくであろう中で、中国に関して正論ではない言論があふれていたからでもあります。中国について勝手なことを言っている風潮は、対応を誤る危険があります。中国について、もっと「解像度」を上げていかねばなりません。
 そこで倉山氏曰く、現代中国については誰を信じればいいのかというときに、第一に「中川コージ先生」の名前が挙がったといいます。ですから、中川コージ先生の『巨大中国を動かす紅い方程式』のねらいは、現代の中国についての「解像度」を上げることでした。

中国分析におけるコージ先生の骨格は、組織戦略論です。中国共産党は約9000万人の史上類のない巨大組織となっています。この組織が、所有権と人事権をもって国家と人民解放軍のはるか上に君臨しています。普通は国家があって、その中に国会そして政党があり、国家の下に軍隊もあります。だから、中国共産党の組織構造および統治戦略や癖のようなものがわかっていないと、理解できないということになります。この統治戦略や癖のようなものが本のタイトルにある「紅い方程式」と呼ばれるものです。ですから、この本を読むと中国がより鮮明に見えてくるのです。

コージ先生の表現では、「チャイナ」は中華人民共和国という国家よりはるか上に、中国共産党というホールディングカンパニーにあって、そのホールディングの下に事業会社であるところ国家と人民解放軍があり、それが「チャイナ」であるということです。
ですから、人民解放軍がしていることに対して、中国という国家に「遺憾砲」を放ったり交渉しても、国家と軍では事業会社自体が異なるので日本側の意見や要請は届かないわけです。さらに外務省がお膳立てしてして成る国家間の外交交渉は、下がこしらえた場である以上、チャイナとしては重要視されにくく、ゆえに直接党中央にアクセスできるパイプ役の政治家が本来必要ということなります。パイプ役が二階さんだけでは権力が一本化されてしまうので、本当は複数本必要という話になっていきます。以上のことは「チャンネルくらら」のこちらの動画にて話されています。

< 香港問題における「紅い方程式」 >

本の紹介のために香港問題について一部抜粋します。チャイナの弱みについて、コージ先生は以下のようにいいます。

 総書記のメンツが失われることは党(ホールディングカンパニー)の正統性を根本的に失わせることになりかねないので、総書記のメンツを守るために所詮「事業会社にすぎない」国家の採算度外視でメンツを確保しようとすることが散見されます。国家益を害しても党のメンツを守らなければならない構造。これはチャイナの弱みです。(p.92.)

米中対立に乗じてなされた香港市民の反北京中央キャンペーンとその抑圧の様子は世界に発信されて、世界の多くの国々はチャイナのあり方に疑問を持つようになったことは、記憶に新しいことでしょう。これについて以下のように分析しています。

 香港の金融ハブとしての機能はこれからも保持したかったけれども、それを害してでも(国益を害してでも)、党のメンツを守るための「損切り」という意思決定が北京中央で発生したと僕は分析しています。国益を毀損し、党益を守りました。本来は北京中央としてはここまで香港を現時点でたたく気はなかったはずです。(p.92.)

国家がホールディングカンパニーの事業会社の一つという理解は、私たち日本人にはなかなか理解できないものでしょう。
さらに、もう一つ理解できない現象として、中国本土の人たちは香港に対してあまり同情的ではなかったことが挙げられます。この点についても、以下のように語っています。

 大陸人民の被差別意識が今般のいわゆる「香港問題」にもつながっていることを忘れてしまうと、我々日本人の脳内イメージは「自由を求める愛すべき仲間の香港市民と、その香港市民を強権弾圧する悪徳中共」というお茶の間の水戸黄門的勧善懲悪モデルになってしまいます。党の香港に対する抑圧的な動きは、チャイナ大陸人民の情緒的な方向性と相反していないということを忘れると解像度が低い分析になってしまいます。(p.90.)

大陸人民にある「被差別意識」というのが、いかなるものであるかを知らなければ、あの香港問題は見えてこないということでもあります。これ以上は、ぜひ本を実際に読んでみて頂けたらと願います。

この香港問題を見ても「やはり中国は成ってない。ガタガタだ。」と思ってしまうことでしょう。この本の大事な視点はそこにはありません。まるで反対といえるかもしれません。大事なことは、これをもって党組織をバージョンUPさせる進化させる「紅い方程式」です。
チャイナはざまざまなエラーで生じたマイナスを、「巨大官僚機構のフルスペック」「膨大な国家リソース」「宣伝プロパガンダ」「国内外統一戦線工作人脈」を総動員して、「がっつりカバーしてあまりあるほどの莫大なプラス」をその後の長期の期間に得ていくことになります。それが「紅い方程式」です。チャイナの党上層部組織が判断したのち、チャイナ全体の頭脳集団が一気に事後処理に動き、「圧倒的な物量作戦」を展開するのです。「そして相当量のマイナスをゼロに、ゼロからプラスへともっていこうとする」。この本を見ると、いかに対チャイナについて、私たち側の思考の修正が必要であるかを教えられます。

< チャイナ国内のキリスト教会弾圧についての私見 >

 この本には書かれていないことですが、私たちキリスト者の関心は近年におけるチャイナ国内のキリスト教会への破壊や弾圧でありましょう。ここ2、3年で、チャイナは急激にその傾向を強めたように思います。これは宗教政策の一環であることは間違いないでしょう。

 この本があまりにも充実した内容だったので、キリスト教会への規制がいかなる理由であるかが見えたように思え、この問題についての考察として紙面を頂きます。重ねていいますが、この本には書かれていないことですから、あくまでも私見です。

 よく耳にするところ、「共産主義的な無神論的イデオロギーによってキリスト教自体が否定される傾向にある」ということについては、もっと思想がもたらすところの深層の集団心理の分析になると思うのですが、とりあえず彼らをリアリストとして見ていくと、チャイナとしては多様性は尊重するが、支配権が及ばない組織がさらに大きくなると困るわけです。統率ができなくなって手が付けられなくなってからでは遅い。
共産党が政権を握った70年前には、中国人キリスト教徒は50万人未満でした。しかし、わずか二世代での今日、イエス・キリストへの信仰は1億3000万人もの中国人クリスチャンがいると報告されています。中国政府の公式な数字でも、2018年の時点で、4400万とあります。ピューリサーチでは、6800万人です。他の独立調査機関では、1億から1憶3千万とも言われています(参照)。
つまり過去は信者数がさほどではなかったものの、キリスト教組織のなかで大規模な組織も出てきてしまったため、上限を抑えようという意味での弾圧なのではないかと考えます。彼らの考え方は徹底してリアリズムであるという視点からの分析です。

 ですから、中国共産党の目的は弾圧ではなくて、あくまでも弾圧は「手段」という推測です。そうであれば、とりあえずの解決は「どこを落しどころにするか」ということになるかと考えます。中国共産党の目的は宗教組織が大きくならないようにすることと考えるに、もっと細分化した別系統の教会組織に分かれていくことで、党との妥結ができるといったことになるのかもしれません。ある程度は党の管理しやすい統制ができる教会組織ということで、妥協点となります。どこまでも理想論抜きに、こちらもリアリズムに徹しての私見です。

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中川コージ著『巨大中国を動かす紅い方程式』