日本葬送宣教論 (3) 「家」と「村」-金井望‐

トップの絵:William Brassey Hole (1900s)


金井 望(カナイノゾム)
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY-  論説委員

【前回】日本葬送宣教論 (2) 大きく変わる日本の葬送 −金井望−

第2節 地域共同体と檀家制度の成立と崩壊

 

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イエスが町の門に近づくと、見よ、ある母親の一人息子が死んで、担ぎ出されるところであつた。その母親は寡婦であり、その町の大勢の人々が、彼女に付き添っていた。すると主は彼女を見て、深く憐れみ、彼女に言った、「泣きなさるな」。そして近寄って行き、棺に触れた。すると棺を担いでいた者たちは立ち止まった。そこでイエスは言った、「若者よ、私はあなたに言う、起き上がりなさい」。すると、死者は起き上がって、語り出した。イエスは彼をその母に渡した。(ルカ7:12-15 私訳)

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沖縄にある「声に出せない」という苦しみ −後藤献児朗−

 

 

 

 

日本キリスト者オピニオンサイト-SALTY-代表
有限会社サーブ介護センター 代表取締役

「沖縄にある本当の苦しみ」

従業員の結婚式と私たちの結婚記念を祝うことと、兼ねてより「社会問題を語るキリスト者のひろば」というSNSグループの中で話題になっておりました、沖縄に住む方々の「本音」を知ること、つまり「平和運動を行っている方々」にではなく、沖縄県内で静かに暮らす「一般の方々」から、「生の声」を聴くことも旅行の目的でもありました。

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『レンズを換える平和問題』

 

 

井草晋一

「SALTY」編集長
日本メノナイトブレザレン教団 牧師
ピヨ バイブル ミニストリーズ 代表
コルネリオ会 教職顧問(関西支部)
(防衛関係キリスト者の会)


「平和」とは何か。

 今、キリスト者として、また、キリスト教会において、世の中の人々から深く、時に厳しく問いかけられているのではないでしょうか?

私は、2006年 6月27日から30日まで、ハワード・ゼア先生のセミナー(東京聖書学院)に参加しました。その後、「キリスト新聞社」より「平和問題」についての執筆の依頼がありましたので、下段の記事のように執筆しました。

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