中川晴久
東京キリスト教神学研究所幹事
主の羊クリスチャン教会牧師
日本キリスト者オピニオンサイトSALTY 論説委員
<アベノミクス3本の矢>
前回までの『アベノミクスを追う』において、「デフレからの脱却」がいかに重要であるかを話しました。今回は、アベノミクスの核である金融政策について見ていきましょう。皆さんには、金融政策とは何かを理解しつつ、経済における「偽りを見抜く力」を身に着けてほしいと思います。これを理解すれば、何が正しく何が間違っているのかの識別をすることができるようになります。
アベノミクスには「3本の矢」が掲げられています。以下の3つです。
第1の矢・・・金融政策によるデフレ脱却戦略
第2の矢・・・機動的な財政政策
第3の矢・・・民間投資を喚起する成長戦略
3本の矢の中でも特に重要なものが、第1の矢「金融政策によるデフレ脱却戦略」です。この第1の矢がなければ、第2、第3の矢がかえってマイナスの効果を招くことになります。
<金融政策とは>
まず第1の矢「金融政策」とは、お金の量を調節することです。それを担うのは、主として日本の中央銀行である日本銀行(日銀)です。日銀のみがお金を刷ることができるからです。お金を刷るといっても、普通は国債を直接買い取って紙幣を供給します。
アベノミクスでは日銀をとおして、かなり大きな緩和策を行いました。その規模の大きさゆえに、特に「異次元的緩和」と呼ばれています。これにより「日銀が供給している通貨」(マネタリーベース)が一気に増えました。その量の増加には驚かされます。
2012年末のマネタリーベースはおよそ132兆円でしたが、13年末には193兆円、14年末には267兆円、どんどん増えて2018年4月にはおよそ492兆円です。なかなか見事なものです。
この日銀サイト(http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mb/index.htm/)から確認できます。
マネタリーベースとは、「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」のことですが、ここでもざっくりと理解のために「市場のお金の量」と考えていただいてかまいません。実際には、お金の量は市中銀行における「信用創造」によって増えるのですが、もうすべて細かい話は切り捨てて、単純でざっくりとしたイメージをつくることを狙います。
ただそのためにも、少しだけ面倒な話をしますが、本当に少しだけなのでお付き合いください。
金融政策には「緩和」と「緊縮」の2つの相対する方向があります。「緩和政策」はマネタリーベースを増やす方向の政策で、物に対してお金の量が相対的に増えるので、お金の価値が下がり物の値段(物価)は上がります。反対に、「緊縮政策」は出回るお金が減る方向です。お金が少なくなるので、物に対するお金の価値が上がり物の値段(物価)は下がります。
金融政策とは市場のお金の量を増やしたり減らしたりして、「お金の価値を決定する政策」と理解しておいていいでしょう。
ちなみに、2019年10月に政府は消費税を10%に引き上げることを予定しています。でも、ここで「増税しないよ!」となれば、これも市場の期待値としては「緩和」ということになります。税金で国にお金をとられるはずが、とられなくなるのですから。もちろん増税は逆に「緊縮」いなります。
緩和政策でお金が市場にだぶついていれば、金利(実質金利)は下がり、お金が借りやすくなります。お金を借りても利息をあまりとられないわけです。逆に、緊縮政策でお金が少なければ金利は上がります。状況によるけれども、一般に、金利は安い方が、企業や事業経営者たちはお金を借りて事業拡大などもでき、動きやすくなるでしょう。
ここまで理解してくだされば、もう後はほぼ大丈夫です。経済においては、物事は「相対的」に見ていく必要がありるので、少しややこしいのです。
<不条理な「円高」>
アベノミクスにおいては、第1の矢が放たれねばなりませんでした。異次元的緩和を行うことで、デフレの元凶になっている「円高」を解消せねばならなかったからです。ドルに対して円が高ければ、海外に商品を安く売れないのです。原因不明の「不条理な円高」によって、日本経済の牽引役である輸出産業がかなり減退していました。ところがこのデフレの元凶となっていた「不条理な円高」は、実に「理不尽な円高」に過ぎなかったです。この理不尽さが分かれば、100人いて99人が憤ることでしょう。あと1人は・・・きっと訳ありです。
次のグラフご覧ください。2009年に世界を巻き込んだ金融危機、いわゆるリーマンショック以降、他の諸外国はマネタリーベースを急激に増やしているのです。ところが、日本はそのままです。
他の国のお金の量が増えているときに、日本の円のみが増えていなかったら、どうなりますか?答えは簡単です。円高になります。他国の通貨量に相対して円の量が少なくなったのですから。この極端な円高で日本の輸出企業は振るわず、かえって韓国や中国はウォン安人民元安を利用して、安価な商品を世界市場に流し、日本の市場はつぎつぎと奪われていきました。日本企業は防戦一方とならざるを得ませんでした。企業努力で商品価格を低く抑えるにも限界があります。生産ラインをスリム化してコストダウンを図っても、限界があります。
現在は、アベノミクス効果で1ドル110円くらいですが、2011年には1ドルが75円台にまで円の価値が上がりました。これをもって簡単な理解しておきましょう。つまり、2011年には、米国は1ドルで日本円の75円の商品しか買えなかったのです。ところが現在では1ドルで110円の商品が買えてしまいます。米国にとって日本製品はお得です。お得だからと米国が2個の日本製品を買ってくれれば、日本は2ドルの売り上げを得ることができます。お得な商品ですがから市場は広がります。ところが極端な円高の場合はその逆です。どんどん市場は失われ、工場は国内から人件費の安い海外に移され、その分で国内の雇用は失われ、生産技術も海外に流れました。
<偽りを見抜こう!>
ではなぜこんな円高が放置されていたのでしょうか。答えは、日銀がお金を刷らなかったからです。他国との相対関係からも当然、日本は他国に合わせてマネタリーベースを増やすべきでした。他国はそのようにしてリーマン・ショックから自国経済を建て直したのです。
ではなぜ日銀がお金を刷らなかったか。誤解を恐れずにいえば、意図してそうしていたからです。ワザとやらなかったのです。実際のところ、日本経済を潰そうとしていたからという理由以外に、しっくりくる理由はありません。本当に日本経済を潰そうとしていたかどうかは分かりませんが、結果として潰す方向に行こうとしていたことは確かなのです。安倍政権は今もこの流れと戦っています。
これは何か極端なことを言って、皆さんを驚かせようとしているのではありません。そうではなく実際に、皆さん自身がこの日本経済を潰そうとする流れに気づき、偽りの教えを「見分ける力」を得てほしいのです。そのためにも私は『アベノミクスを追う』を書いています。ただもうここまでの話の中で、皆さんはこの「見分ける力」をすでに身に着けてしまっています。あとは、見分けるための指針を持てば、分かるようになります。でも指針というのも、今回お伝えした「緩和」と「緊縮」のことですから、これでもう皆さんは経済ニュースを見て偽りを見抜けるようになっているはずなのです。徐々に見抜く力を強くしていってください。
デフレ下において、やるべきは「緩和」政策です。緩和することで、デフレを脱却しなければなりません。デフレの状態で増税なんて、絶対にありえません。増税は「緊縮」政策ですから。先の民主党政権下ではデフレが深刻な状況であるにも関わらず、どんどん消費税の税率を上げていく決定をしました。その流れに逆らえず、第2次安倍政権は、アベノミクス開始早々、消費税を5%から8%へと増税し、景気回復の腰折れ状態を起こしたのです。今、なおもデフレから脱却していないのに、10%への圧力がかけられています。
さらに、まだデフレからの脱却をしていない段階であるにも関わらず、すでに「出口政策」が問題にされています。「出口政策」とは、インフレへと誘導する政策の「出口」を語ることです。まだ、インフレ率2%の「入口」にも入っていない段階で「出口政策はあるのか!」と騒いでいる人たちがいるのです。つまり彼らは「いつ緩和政策を辞めて緊縮政策をするんだ!」と圧力をかけているのです。米国はすでに景気がよくなり、インフレに過熱感がでてきているので、「出口政策」に入っています。しかし日本はまだ「入口」にも入っていません。現在、日本経済において「出口」など語る必要は、一切ないはずです。
<おかしなイデオロギー>
ここで、過去すでに「嘘」と判明し葬られた間違った俗説を4つだけ紹介します。実際は、4つどころではありません。先ほど「日本経済を潰そうとしていた」と私が書いたことが決して極端なことではなく、目の前の現実であったことを信じていただけると思います。今や、それらはおかしなイデオロギーとしか映らないでしょう。しかし、語っていたのは経済学の権威者たちで、多くの支持を受けていたのです。本当に、日本は危なかったのです。
1つ目は、日本がすでに「低欲望社会」になったというイデオロギーです。物質文明がある段階に達して、人々の欲望がある程度満たされて、日本人は物を買わなくなったというものです。だから需要がなくなりデフレになっているのだという「デフレ容認論」です。
しかし、私に言わせれば、人間の欲望が失われたのではなく、物よりもお金の方が欲しかったというだけの話です。お金を持っていれば、デフレで勝手に物の値段が安くなるのだから、物よりお金を持っていた方がお得なだけです。
2つ目は、「世界基軸通貨論」です。日本の円は米国ドルのような世界の基軸通貨になるために、ますます信頼されるようになっていくのだから「1ドル50円の円高にも耐えねばならない。」というものです。このような最悪の観念に至っては、明らかにワザと言っているはずです。普通の思考ではありません。
3つ目は、人口減少により経済はデフレになるというイデオロギーです。これはもっともらしく聞こえるけれど、これを支えるデータは何もありません。人口と景気の相関関数はかなり低いというデータならば、すぐにも出ていました。
4つ目は、「凧(たこ)ひも理論」と呼ばれるものです。物価が持続的に上昇するインフレのときには、凧のひもをひっぱるようにインフレの過熱を引き締めることができるが、物価が下落するデフレにあって日銀は凧ひもを緩める緩和政策をしても何の効果もないという理論です。つまり、日銀はインフレと戦うのであって、デフレに対しては黙って見ているしかないという理屈です。これは、日銀マンが好んで使うイデオロギーでした。
<真実を見つめてほしい>
本来、権威者はこのようなデタラメの理論やイデオロギーを絶対に語ってはなりません。むしろ、このようなものに対して戦ってくれるのが、本当の権威のあり方です。しかし、権威者はこぞって「おかしなイデオロギー」を語りました。彼らと戦ってくれませんでした。だから大衆は騙されます。
実に、権威は大衆説得のために利用されやすいのです。自分たちに都合の良いことを広めるためには、権威者にある程度の対価を払って、一言でも言わせればよく、そのようにしてイデオロギーは広められ、私たちに刷り込まれてしまいます。古来より、人を騙すために必要なことは、「権威」と「多数」です。「権威者が言っている。」「みんなが言っている。」、これで大衆は信じます。
キリスト教界だって、同じような現象があります。多くのニセ預言者やカルト化教会の牧師たちは、カリスマ的な存在でした。またおかしな学びやムーブメントが過去にたくさん流行りましたが、それらを支えるのが教団の指導者層であったり有名な牧師たちであったりしたのです。事件が起こるまで戦ってなどしてくれませんでした。権威者がそのようなことであれば、私たちはどうしたらいいのでしょうか。
経済においては、1つだけ良い方法があります。それは「権威にとらわれず、本当のことを語っている人を見つけること」です。経済において権威は関係ありません。実際の結果がすべてです。結果を見れば誰が本当のことを言っていたか分かります。だから、「権威にとらわれず、本当のことを語っている人を見つけること」をお薦めします。
日本経済において、真実はどこにあったかといえば、その権威に立ち向かっている少数でした。日本ではごく少数の学者たちでした。安倍総理は彼らを見つけたわけです。