日韓関係を悪化させた元凶は –西岡力−

 

 

 

西岡力

日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY-  主筆

歴史認識問題研究会会長・モラロジー研究所教授・麗澤大学客員教授

日韓関係を悪化させた元凶は

(2021年8月25日)

 朝日新聞が慰安婦問題に関し捏造(ねつぞう)報道をして日韓関係を悪化させる契機を作ってから30年になる。

国際社会に広がったウソ

 朝日は1991年に慰安婦問題で社を挙げた大キャンペーンを行った。同年に朝日はなんと150本の慰安婦記事を載せた。その結果、「8万から20万人の朝鮮人女性を挺身(ていしん)隊の名で強制連行して慰安婦にさせた」とするウソが日本、韓国、それ以外の国際社会に突然拡散した。

同紙のキャンペーンを支えた2つの柱が、加害者としての吉田清治証言と被害者としての金学順証言だ。両者とも朝日が日韓のマスコミの中で最初に報道している。

 吉田証言を朝日が最初に報じたのは1982年だ。その後、あまり取り上げなかったが、91年にまた大きく2回報じた。この証言が虚偽だったことを朝日は2014年になってやっと認めた。

 朝日が金学順証言を最初に報じたのが91年8月11日だ。これも日韓のマスコミの中で最初だった。同記事(大阪本社版)は次のように始まる。

〈日中戦争や第2次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、16団体約30万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は10日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した〉

 ところが、金氏は自身が慰安婦になった経緯について、一度もこの記事が書いたような〈「女子挺身隊」の名で戦場に連行され(た)〉と述べていない。

 慰安婦問題で日本政府に賠償を求めた裁判の訴状では、家が貧乏のため普通学校を辞め、金泰元という人の養女となって14歳からキーセン学校に3年間通い、17歳の時に養父に中国の日本軍慰安所に連れて行かれた、と書いている。別の証言では彼女が養女になってキーセンの修業を始めたとき母は養父から40円を受け取ったと述べていた。

ウソ認めるわけにはいかない

 私はこの訴状などを読んで日本中が朝日にだまされているとショックを受け、92年からこの記事をはじめとする朝日の慰安婦報道を批判し続けてきた。朝日は金学順氏が一度も話していない「女子挺身隊の名で戦場に連行された」という経歴を勝手に付け加えて慰安婦強制連行キャンペーンを展開したのだ。これを指して私は捏造と書いた。記事を書いた記者は私の批判を名誉毀損だとして民事裁判で訴えたが、今年3月、最高裁によって「捏造という批判は真実だ」とする司法判断が下り、私が完全に勝訴した。

 金学順氏は日本軍に強制連行された被害者ではなく、貧困の結果、親に身売りされた被害者だった。その後、名乗り出た韓国人元慰安婦らもそうだった。たしかに、親が前渡し金を受け取り、娘が売春をしてその返済を強要されるという公娼制度は、現在の価値観からすれば女性の人権への重大な侵害だ。

 日本軍は戦争遂行の必要のため慰安所を戦地に設置して日本人、朝鮮人などの民間業者に営業させた。だから、日本政府が慰安所で働いた彼女らに現在の価値観から謝罪と同情を示すことに私は反対しない。私も同じ気持ちを持っている。ただし、朝鮮人女性を強制連行したという朝日のキャンペーンはウソだ。ウソを認めるわけにはいかない。

「慰安婦メモリアルデー」

 ところが、2018年に韓国政府は、金学順氏が最初に会見をした8月14日を国家として公式に「慰安婦メモリアルデー」として指定した。今年は30年ということで、多くの行事や報道が韓国であった。文在寅大統領はメモリアルデー行事に寄せたビデオメッセージで「故金学順さんが被害事実を公に証言してから30年が過ぎました。30年前『日本の軍隊慰安婦として強制連行された金学順です』、この一つの文章の真実が世に出ました」と語った。金学順氏が強制連行の被害者だといまだに話している。

 残念ながら韓国では金学順氏が強制連行の被害者ではなく貧困の被害者だったという事実は、ごく少数のネットメディア以外ではほとんど触れられていない。慰安婦強制連行という「ホロコースト」に匹敵するような罪を犯しながら、日本政府と多くの日本人は真摯(しんし)な謝罪と反省をしていない―という議論ばかりがくり返されてきた。捏造記事を書いた元朝日記者が、韓国のテレビや新聞で「良心的日本人」として大きく取り上げられている。

 真実の上にしか、日韓友好はあり得ない。日韓関係をここまで悪化させた元凶は、韓国で「良心的日本人」と称賛されている「反日日本人」がついてきたウソにあるのだ。私は彼らの責任について詳細に論じた新著『日韓「歴史認識問題」の40年』を月末に出す。日韓関係をどうすればよいか、日韓で大議論をしようではないか。

(にしおか つとむ)

(・産経新聞「正論」 8月25日 掲載)