週の真ん中ストレート(8)共産主義はキリスト教系の異端思想からはじまった  −田口 望−

田口望
田口望

 

 

 

 

田口 望
大東キリストチャペル 教役者
大阪聖書学院 常勤講師
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 論説委員

日本のプロテスタントは歴史的に戦前、国家神道によって、弾圧をうけ辛酸をなめた過去があるので、いわゆる政治的な右の動きに対しては警戒を怠ることはありません。その一方で、左の政治的な動きに関しては日本の教会は歴史的に共産主義者に弾圧をうけたことがないので、驚くほど受容してしまっています。

世界的にはキリスト教は共産主義によって最も苛烈な弾圧を受け、(現在も世界中の共産主義諸国でクリスチャンは弾圧をうけ殉教しています。)左の政治的な動きに対して警戒をしているので、日本のキリスト教界の警戒レベルの低さは、異常であるといえましょう。

日本共産党というのは端的にいえばキリスト教の異端なんです。

日本共産党の活動家は党中央からマルクス主義思想を叩き込まれる

日本共産党は確かにレーニン主義やスターリン主義、毛沢東主義を捨て決別しました。それは共産党嫌いの私でもそうだと思います。でも、その分、より一層、「科学的社会主義(マルクス主義)」を声高に主張するようになりました。世界のどんな共産主義政党よりもマルクス・エンゲルスに回帰し先祖返りしているのです。それを以って、「日本共産党は変わった。」「日本共産党は穏健になった」などと頓珍漢なことをおっしゃる方もいますが、大間違いです。むしろ「キリスト教的異端」という尺度でみればその欺瞞性、悪辣さは世界のどの共産党よりも増しているのではとすらと考えています。下に動かぬ証拠を挙げておきますが、日本共産党の精鋭部隊、党の根幹を支える数百人の活動家は不破前共産党委員長の指導の元、エンゲルス晩年の集大成ともいえる大著「フォイエルバッハ論」から共産主義の何たるかを学びます。少なくとも、2007年にも2008年にも、2014年にも不破氏がフォイエルバッハから共産党の革命理論を講義していることが共産党の機関紙赤旗の記事からも分かります。

2007年10月8日 赤旗より 「マルクス エンゲルスの革命論 不破哲三前日本共産党委員長が講演 第一講 フォイエルバッハ論に 続いて」

2008年2月6日 赤旗より 「党特別学校にて『科学的社会主義』を不破社会科学研究所所長が講義『フォイエルバッハ論』テキストに世界観を学ぶ

2014年6月12日 赤旗より 「理論活動教室 不破社会科学研究所所長が革命論はマルクスの要と題して フォイエルバッハに関するテーゼ を講義で引用」

 

「フォイエルバッハ」って何者か?

ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ(1804~1872)
ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ(1804~1872)

で、この「フォイエルバッハ」って、キリスト教の牧師さんでも知らない人が多いのですが、何者かといえば青年ヘーゲル派という哲学集団の代表的なキリスト教神学者なんです!で、このフォイエルバッハは「キリスト教の本質」という神学論文を書いていてエンゲルスの「フォイエルバッハ論」はこの「キリスト教の本質」という著作に対する応答論文なんです。マルクスも「フォイエルバッハに関するテーゼ」という小論文を書いており、両者とも「自分が最も影響を受け支持した人物こそフォイエルバッハである」と言わしめる程のマルクス、エンゲルスの共通の師匠とも言える人がこのフォイエルバッハという神学者なんです。
で、この「キリスト教の本質」という本にはどんなことが書いているかというと題名こそ信仰的な書物なのかと思わせますが、結論から申し上げれば「神が人間が創造したのではなくて、人間が神を創造したのだ」ということが永延と述べられている我々クリスチャンからすれば、それはそれは恐ろしいことが書いてある書物なのです。そして、例えばキリストの受肉なんていうのも「人間の内側には何かしら崇高で高潔なあるべき人間というのを求める部分があって、そのあるべき姿どおりの人間の理想形として人間が想像の産物として作り出したのがキリストだ」なんて言ってのけたりするのです。そして、キリスト教の組織神学の体系に則って終始、神を人間に置き換えて神学を展開するのです。もはや神様はいないものとして語るわけですからもはやそれは「神学」ではなくて「人間学」なんですが・・・。

「共産党」とはキリスト教系異端の「フォイエルバッハ教団」なのだ

 で、エンゲルスはそのフォイエルバッハの主張では飽き足らず、キリスト教の神を位置を人類一般に置き換えただけでは、ただの観察者でしかない。歴史というのは実際にある特定の集団が既得権益をもった集団を追い落としたり、戦争をしたりして実際に動くというダイナミックな営みなんだ!みたいなことを言っているのです。言ってみればキリスト教組織神学の神の部分を「プロレタリア階級」に置き換えようと言っているのです。
今、日本のクリスチャンの多くが日本共産党の主張に惑わされシンパシーを抱くのはある種当然のことといえます。何故ならそれはマルクス主義というのはキリスト教的な理想郷を作ろうというユートピア思想なのですから…。しかしそれは、「神なしで(言いかえれば人類そのものを神の地位に据えて)キリスト教的世界観を実現しよう」という悪魔のささやきなんです。
日本共産党というのは世界で最も純粋なマルクス主義政党であり、マルクス主義というはキリスト教の異端「フォイエルバッハ派」の急進派でありますから、日本共産党というのは世界で最も、キリスト教と見分けがつきにくく、キリスト者が騙されやすい、世界一危険な共産主義政党といっても間違いないのです。

 

本来は教会こそが共産主義の危険性ついて警鐘を連打すべき

保守的で聖書信仰にたつ日本の牧師の多くは、敢えて政治問題に口を出さないって方が大多数ですし、その姿勢は賢明であり、私自身もそうでした。しかし、日本共産党だけは政治問題ではないのです。これは政党の皮を被った思想・哲学集団なのです。現在でも正統的な教会は、エホバの証人、モルモン教、統一協会などのキリスト教系の異端やカルトに世の中の人が惑わされないようにその問題点を積極的に情報発信し、警鐘を鳴らしています。であるならば、日本共産党についてもキリスト教系異端の「日本フォイエルバッハ教団急進派」としてとらえなおすべきなのです。そして、先に挙げた異端やカルト集団と同様に市井の一般人が共産主義の思想に染まらないように情報発信をするのが筋なのです。ところが現状では悲しいかな、そのキリスト教系の異端が、日本のプロテスタント福音派の中枢にまで食指を伸ばしているのです。聖書信仰をもち、福音主義に拠って立つ諸先生には、是非、このフォイエルバッハのキリスト教の本質を講読して頂いて、その危険性を察知して「内なる敵」「羊の皮を被った狼」に十分警戒をしていただく存じます。

「キリスト教の本質」フォイエルバッハ著
「キリスト教の本質」フォイエルバッハ著

キリスト教の本質