米朝首脳会談は米情報機関の勝利 −西岡 力−

 

 

 

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-SALTY- 主筆
モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授・西岡力

 

● 3月5日(水)の「産経新聞」に寄稿した米朝首脳会談に関する拙文です。

産経新聞 2019.3.5

米朝会談決裂は北を譲歩させる

トランプ大統領の決断は正しい

 2度目の米朝首脳会談が合意文書署名に失敗して決裂した。安倍晋三首相はトランプ大統領の決断を全面的に支持すると語ったが、私も同じ意見だ。

 昨年6月の最初の首脳会談について、トランプ大統領が金正恩委員長の術策にはまったとする批判が多かったが、今回の結果から術策にはまったのは金正恩氏の方だということが明確になった。

 北朝鮮はまだ、米本土に届く核ミサイルを完成させていない。弾頭を安定的に大気圏に再突入させる技術と地上にぶつかる数百メートルの時点で起爆させる技術は検証されていない。平成29年11月の火星15発射実験では再突入後、弾頭は3つに割れて墜落した。

 それなのに北朝鮮は「国家核武力完成」と宣伝し、30年4月には経済と核武装の並進路線が完成したから、今後は経済建設に集中するという新路線を打ち出し米国との対話に舵(かじ)を切った。金正恩氏が米軍の強力な圧力に恐怖した結果だ。トランプ政権は軍事圧力によって核ミサイル完成を直前のところでとめることに成功した。

 その上、29年8、9、12月に国連安保理が決めた制裁は北朝鮮の輸出の9割をとめるなど非常に厳しいものであり、制裁破りをした第三国企業や銀行のドル取引を停止する米国の2次制裁が効果を発揮し、中国や韓国も国連決議に従っている。その結果、独裁政権を維持するのに必要な統治資金が枯渇し始めてきた。北朝鮮内部では「華麗な外交をしながら結果が出ていない。制裁が緩まず経済支援も得られていない。1990年代後半に起きた大飢饉(ききん)が再来する」という不満が高まっている。

秘密核施設は全て知られている

 それを抑えるため、金正恩氏はハノイに来たのだ。トランプ大統領は経済制裁が効果を上げていることを正しく認識して、原則的な要求を突きつけた。当初、金正恩氏は米本土まで届く大陸間弾道ミサイルの廃棄をカードにして制裁緩和、具体的には開城工業団地など南北経済交流再開を制裁の例外とすることを取ろうとするのではないかといわれた。しかし、首脳会談でそのカードは出ていない。

 安倍政権が核の完全廃棄なしに制裁を緩めてはならないと事前に働きかけたことが、トランプ政権を動かし、ミサイル廃棄カードが議題から外れたのかもしれない。

 金正恩氏は寧辺の核施設廃棄をカードとして持ち出し制裁のほぼ全面解除を求めた。それに対してトランプ大統領は「非核化にはそれだけでは十分ではない。われわれは(2カ所目のウラン濃縮施設など)多数のことを取り上げた。彼らはわれわれがそんなことまで知っているのかと驚いた。一つが解決したからといって制裁の梃子(てこ)を全部手放すわけにはいかない」と取引を拒否して席を立った。

 寧辺にはプルトニウム生産のための原子炉と再処理施設と濃縮ウラン生産のための濃縮施設がある。前者は老朽化して廃棄直前であり、後者は米国人学者に見学を許したダミー施設だった。本当にウラン濃縮をしているのは複数の別の場所にある秘密施設だ。

 金正恩氏のところに米国は寧辺以外の施設について正確に把握していないという間違った情報が上がっていたのではないか。だから、寧辺の廃棄の見返りに制裁のほぼ全面解除という厚かましい要求が通ると誤判したのだろう。

 米国の情報当局は軍事衛星情報だけでなく人的情報も豊富に持っている。トランプ大統領は「彼がいう非核化にはわれわれが重視する部分が入っていない。われわれは北朝鮮を1インチ単位でくまなく知っている」と会見で明言した。今回の会談決裂は米国の情報機関の勝利だった。

拉致の情報活用して圧力加えよ

 これから金正恩氏はどこまで米国に核開発の秘密が漏れているのか疑心暗鬼となり関係者を粛清するだろう。国内向けには会談は成功したと宣伝しているが、すぐに「会談決裂、制裁持続」という情報は拡散し不満が高まるだろう。

安易に譲歩さえしなければ、必ず金正恩氏は新たなカードを切ってくる。その意味でトランプ大統領の決断は正しかった。このままでは大量餓死が出かねないところまで金正恩氏は追い込まれている。必ず核問題で新たな譲歩をしてくる。あるタイミングでまとまった経済支援を求めて日本との交渉に出てくることも間違いない。

 今回の米国の成功例から学ぶべきは、拉致被害者に関する正確な情報を活用すれば日朝首脳会談で勝利できるということだ。金正恩氏が全被害者の即時一括帰国に応じないまま不十分な回答で経済支援を求めてきたときには、「われわれが重視する部分が入っていない」としてこちらの持つ情報を活用して圧力を加えるのだ。

 最後の勝負が近づいている。だからこそ、家族会・救う会は「全被害者が帰ってくるなら秘密を聞き出して国交正常化に反対する意志はない」というメッセージを出した。安倍首相はそこに込められた必死の思いを抱いて金正恩氏に向き合って勝利してほしい。

(にしおか つとむ)

  • 写真(ロゴ):Wikipedia より
    〈 The official logo of the DPRK-USA Summit in Vietnam takes place from February 27-28, 2019 in Hanoi 〉 (Wikipedia)