激動する朝鮮情勢と日本 – 金井 望 –

SALTY論説委員 金井 望

 

  1.三・一独立運動、提岩里事件から100年

 提岩里(ていがんり、チェアムリ)事件が起きてから今年で100年になる。これは1919年4月15日、朝鮮京畿道水原郡郷南面提岩里(現在の華城市郷南邑提岩里)で日本の軍隊によって29人の住民が殺害された痛ましい事件である。三・一独立運動の影響で住民が暴徒化し、放火事件や巡査殺害事件などが起こっていたことが、この事件の背景にある。

「堤岩里教会虐殺事件」の真相~殉国記念館(この記事は各種の資料を比較して、真実に迫っている)
単行書・八年陸乙七一・朝鮮騒擾経過概要(この歴史的文書では三・一独立運動は「朝鮮騒擾」と呼ばれている)

 2月27日に日韓親善宣教協力会所属のキリスト教徒17人が、提岩里の三・一運動殉国記念館を訪れ、提岩教会の礼拝堂で床にひざまずいて謝罪した。

日本のキリスト教徒17人が韓国・提岩里訪問 「過去の侵奪を謝罪」

彼らは宗教的信念に基づいて、純粋に善かれと思ってしているのだろう。しかし、「善い」と思ってしたことが「善い」結果を生むとは限らない。韓国の反日運動が度を越して、日韓関係が危険な状態になっているこのタイミングで、火に油を注ぐようなことをするとは!
韓国は国民の約3割がキリスト教徒の国である。そのため、多くの日本人には理解しがたいほど、このような行動が大きな影響を与える。このような暴走を止められない日本のキリスト村を、筆者はその一員として残念に思う。

 「日韓親善宣教協力会」の活動は、筆者の恩師・森山諭牧師が中心となって始めたものである。筆者は森山牧師から提岩里事件についてよくお聞きした。森山師は戦後一貫して、韓国国民への謝罪と日韓友好の活動を続けておられ、堤岩里の教会の再建にも協力しておられた。

 戦後70年を超えた今日、韓国でも日本統治時代を経験していない国民が大半となった。今では「歴史認識」や「歴史教育」が新たな反日運動を惹き起こしている、と言える。それが日韓両国民にとって良いことかどうか。最近の韓国の政府と国民の状態を見るに、大いに問題を感じざるを得ない。

 

  2.北朝鮮は日本人拉致被害者を早く返せ!

 提岩里で日本のキリスト教徒たちが謝罪を行った日の前日、2月26日に東京の皇居で宮中茶会が開催され、西岡力(にしおか つとむ)氏(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会・略称「救う会」会長)は皇后陛下から次のお言葉を賜った。

ーーー引用始まりーーー

長いことご苦労さま。
拉致被害者のご家族は齢を取られていますね。
希望を持ちましょう。
何もできませんが、解決を願っています。

ーーー引用終わりーーー

 美智子さまは、ずっと絶えることなく拉致被害者とその家族、救出活動に携わる方々を慮(おもんぱか)り、拉致被害者の解放・帰還を祈っておられる。高齢となったご家族が希望を失ってはいないか、とご心配くださっているのである。まさに国母であられる! 日本人の鑑(かがみ)である。

「希望を持ちましょう」 宮中茶会で皇后さま、「救う会」会長にお言葉

以下は FNN PRIMEの報道「米朝会談で拉致問題が議題に 日米首脳が電話会談」からの引用である。

ーーー引用始まりーーー

安倍首相は28日夜、アメリカのトランプ大統領と電話で会談し、米朝首脳会談で拉致問題が議題になったことを明らかにした。

安倍首相は「日本にとって、重要な拉致問題については、昨夜の1対1、通訳を交えての1対1の会談で、わたしの拉致問題についての考え方を(トランプ氏から)金正恩(キムジョンウン)委員長に伝えていただいた」と述べた。

拉致問題について「首脳間で真剣な議論が行われたと聞いている」と強調するとともに、トランプ大統領が金委員長に対し、2度にわたり、拉致問題を提起したことも明らかにした。

横田早紀江さんは「これからですよね。ようやくここまで来たという感じ。わたしにとっては。長いこと、北の様子をずっと見て闘っている。生半可に、すんなりいくわけないと思っていた。今回は、前のめりにならなくてよかった」と話した。

ーーー引用終わりーーー

 天皇皇后両陛下、皇室、日本政府、拉致被害者のご家族、救う会関係者、日本国民皆の切なる思いが、北朝鮮の為政者と国民に届いて、拉致被害者の方々が早急に解放され、無事に帰国されることを、筆者も信じ祈るものである。

 

  3.米朝首脳会談は決裂

 2月27日から28日までベトナム・ハノイで開かれた2回目の米朝首脳会談は、合意文書への署名が取りやめとなり、事実上決裂した。

金正恩(キム・ジョンウン)委員長が今回出したカードは、

「北西部にある寧辺(ヨンビョン)の核施設を廃棄する」
「核実験や弾道ミサイル実験をしない」
「その見返りとして、米国による経済制裁の全面解除を求める」

というものだった。

これに対してトランプ大統領は、

「彼らが非核化すると提案した地域は、制裁の全面解除に見合わなかった」
「彼らの提案を拒否せざるを得なかった」

と述べた。

米朝首脳会談 事実上の決裂 協議継続も次回未定

 寧辺は1980年代から北朝鮮の核開発の中心地となり、90年代初めにはここで、核爆弾の原料となるプルトニウムを抽出する作業が行われた。寧辺には黒鉛減速炉や核燃料の再処理施設、ウラン濃縮施設など多数の核施設が集中しているが、その多くは老朽化している。北朝鮮政府は寧辺以外の地域に秘密裏に核施設を建設しており、核ミサイル開発を継続している。

北朝鮮は核計画継続=ミサイル開発に民間施設利用-国連報告

北朝鮮で弾道ミサイル基地の拡張が判明 CNNテレビ

 今回、金委員長が出した提案では、寧辺以外の核施設やこれまでに製造された核兵器が温存されることになり、トランプ大統領が求める非核化とは程遠い内容だった。

金委員長もトランプ大統領も、今回の会談で成果を得られなかったことが、国内での求心力低下につながる恐れが多分にある。そのため、今後も協議を継続するとしているが、具体的な目途は立っていない。

今回の米朝首脳会談によって、核大国をめざす北朝鮮政府の意志に変わりはないことが、明らかになった。強力な軍事力を背景に持ってこそ、国際社会で有利な地位が得られ、東アジアにおける覇権を握ることができるという金委員長の信念に変わりはないだろう。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が率いる韓国政府はこれまで、北朝鮮政府にすり寄って反日運動をエスカレートさせてきた。我々日本国民は、この南北両政府の動向を今後も注視することが必要だろう。現実を見ようとしない楽観的で無責任な言論には注意したい。

 

  4.中国政府の対北朝鮮政策は?

 北朝鮮は、「米国本土への核ミサイル攻撃の能力があるぞ」と、まだ不確かな武器によって、米国を脅してきた。しかし、米軍は一日で北朝鮮全土を滅亡させることが可能な軍備を持っている。それなのに金正恩委員長は無茶苦茶背伸びをして、トランプ大統領と対等に交渉しようとするのだから、そもそも今回の米朝首脳会談で合意することは無理だったのだろう。

北朝鮮が持つ核ミサイルは、北京や上海、香港をも脅かすものである。北朝鮮が核大国として東アジアで覇権を握ることを、中国は許さないだろう。長い歴史的な観点から見れば、中国大陸の支配者は皆、朝鮮半島の支配を望み、様々なアプローチをしてきた。それは中国共産党が君臨する現代においても変わらない。南北朝鮮が統一されて、統一朝鮮が核ミサイルを保有する軍事大国として東アジアで覇を唱えることを、中国は恐れているはずである。

 しかし中国政府は、戦争や政変によって北朝鮮や韓国の政治・経済・社会が極度の混乱に陥ることも、望んでいない。中国と韓国の経済的相互依存性は大きなものであり、韓国経済の混乱は中国経済にも影響が大きいからである。中国の輸出相手国として韓国は第5位で 4.5パーセントを占めており、中国の輸入相手国として韓国は第2位で 9.7パーセントを占めている(2017年)。

中国政府の内部では、扱いづらくリスクの高い金正恩政権の存続を望まない声が、小さくないだろう。けれども「ポスト金正恩」という大問題がある。金正日(キム・ジョンイル)総書記(在世時)の長男・金正男(キム・ジョンナム)氏がいれば、中国も大胆な手を打てたのだが、2017年2月13日に正男氏が暗殺されて、その企みは躓いた。

 ところが、米朝首脳会談から一夜明けた3月1日、衝撃のニュースが世界に伝わった。金正男氏の息子・ハンソル氏を保護する自由朝鮮という団体が、反金正恩体制の臨時政府を樹立する声明を発表したのである。

金正恩政権の転覆を狙う「臨時政府」が発足、脱北者らに共闘呼び掛け

金正男氏息子救援団体「自由朝鮮」、臨時政府発足を宣言

激動する朝鮮情勢にどのように対応していくのか。中国も米国も日本も、難しい判断を迫られる場面が続きそうである。

 

  5.人権の尊重と信仰の自由を求める!

 北朝鮮政府がキリスト教徒に加えてきた迫害は、あまりにも過酷である。米国務省が発表した「信仰の自由に関する国際報告書 2017年版」によると、北朝鮮では賛美歌を歌ったり、聖書を読んだりすることが処罰対象になり、収容所に投獄される。宗教活動に携わった人は処刑や拷問の対象とされ、政治活動や宗教活動で政治犯収容所に拘束されている人は約8万~12万人に上るという。

北朝鮮、宗教活動などで8~12万人拘束 米国務省が年次報告書

2001年に脱北した後にキリスト教に入信し、中国を拠点に北朝鮮の地下教会に対する支援活動を行ったキム・チュンソンさんは、次のような証言をしている。

ーーー引用始まりーーー

保衛部は逮捕した信者を眠らせず、5日間ぶっ通しで暴力を振るいます。そうすれば、やっていないことでもやったと答えてしまうのです。5人がかりで丸太で殴られるのですから。目撃した人の話では、冷凍拷問というのがあるそうです。服を全部脱がせて冷凍室に閉じ込めるというものですが、ほとんどの人が低体温症で死んでしまうそうです。鉄格子に手を縛り付けて、足が地面につかないようにして放置するという拷問もあります。ろくに食事も与えずに暴力を振るい続ければ、数日で死んでしまいます。

ーーー引用終わりーーー

「北朝鮮のキリスト教徒が『冷凍拷問』で殺されている」脱北者が証言

 すべての人の人権が守られ、信仰の自由が保証されることを最優先の課題として、北朝鮮と韓国の問題解決が進んでいくことを、祈ろう。