多民族を誇る国の「同化政策」 – 臼井猛 –

写真:延吉芸術館とその前に立つ朝鮮族 Copyright by Senkaku Islands  (Wikipedia より)

臼井猛
SALTY論説委員

 前回、習近平体制において、キリスト教会を中国化する計画を中国が実行していることについてお伝えしました。今回は、多民族国家であることを誇っているはずの、中国共産党政権が、一気に、同化政策に舵を切っていることをお伝えしたいと思います。

中国は56の多民族国家

 私が中国で生活して驚いたことの一つは、少数民族に対する優遇政策でした。世界には多民族国家は数多く存在しますが、中国もその一つです。多数派は漢族で9割以上を占めますが、合計56もの民族がいます。こちらのサイトを見ていただければ、中国人といっても、これだけ多くの民族がいることに驚かれることでしょう。彼らが常に携帯しなければいけない身分証には、民族の欄があります。中国と言えば、漢族のイメージですが、チャイナドレスとも呼ばれる旗袍は、元々、漢族ではなく満州人のものでした。

民族の言語を守らせる政策

 少数民族の自治州や自治区に行けば、看板などの表記や公文書は、その民族の言語と漢語(中国語)の併記が義務付けられています。写真は、北朝鮮の国境に面する、吉林省の延辺朝鮮族自治州の首都、延吉の町の様子です。韓国の街並みのように朝鮮語もあり、そして中国語もあります。

Copyright by Senkaku Islands

 少数民族には、その民族の言語で教育を施す民族学校があります。日本にも、朝鮮学校がありますが、それは他の専門学校と同じような認可でありますが、中国では正式な公教育の学校として成り立っています。あらゆる科目をその言語で教えますが(「教授言語」と言います)、漢語(中国語)の授業もまた別途にあり、内容は中国のカリキュラムでありながら、自民族の言語で学んでいくのです。ですから、日本の朝鮮学校では、朝鮮史を歴史の科目として学びますが、中国の民族学校では中国史を学び、例えば中国朝鮮族は、朝鮮半島の歴史は教わらず、大陸の中国史のみを学びます。

 それゆえに、少数民族の中国人のアイデンティーは、在日朝鮮人や韓国人のような揺れはありません。自分は列記とした中国人であり、中国に帰属していることに、全くぶれることはありません。それと同時に、朝鮮語を話し、朝鮮半島の北朝鮮の人たちや韓国の人たちとは、同民族であるという意識もあります。

 そして、少数民族への優遇措置もいくつかあります。つい最近まで、一人っ子政策を中国は採用していましたが、それは漢族のみで、少数民族は二人まで生んでよいことになっていました。大学への入学は、合格点が引き下げられて、より多くの学生が入ることができます。また、科目に自民族の言語があり、それを選択すれば、あまりにも簡単に点数が取れるので、有利です。中国共産党の幹部にも少数民族枠があります。漢民族が多数派なので、構造的な差別を起こさないようにする制度です。

二言語を自由に扱う少数民族

 民族学校に通ったか、漢族の学校に通ったかで、言語の習得にばらつきがありますが、少数民族の多くは、二言語を、まるで東京に住む地方出身の人が二方言を上手に操るのと同じように、日常会話で操っています。中国に行く前に、韓国料理店に入った時に、ある二人が、韓国語で話していると思いきや、同じ会話の中で別の言語に移っているので、どうしてなのか全く理解できなかったのですが、中国の朝鮮族の人たちの多くが、まさにそのようにして会話を進めることを発見しました。

 そして少数民族には、その民族にある宗教があります。分かり易いのが回族ですが、イスラム教を信奉しています。けれども、例えば朝鮮族は、暗黙の了解のようにして、キリスト教が受け入れられています。かつて朝鮮半島で霊的復興が興ったのは平壌で、そこからキリスト教が伝播されてきたからです。延辺地方は、どの町に行っても、十字架が付けられた建物が見つかります。他の地方からやってきた人は驚くのですが、公認教会ではあっても、当局の統制は比較的、緩いです。

 ゆえに、中国に住んで、新約聖書時代の背景、ローマ帝国の統治に類似点があるのでは?と思いました。イエス様が十字架に付けられた時、その罪状書きは、ラテン語、ギリシア語、ヘブル語がありました。ユダヤ人の民族言語だけでなく、ローマの公用語であるラテン語、けれども、ギリシア帝国によってヘレニズム文化が浸透していたローマ帝国では、一般民はギリシア語を使っていました。同じように、中国は複数言語が重層的にある場合があるのです。

かつての弾圧は独立運動に対するもの

 ところで、中国で民族問題と言えば、チベット族とウイグル族のものだと思っていました。かつて独立国であったり独立運動が盛んであるため、弾圧が厳しいというイメージが、中国内ではありました。けれども、他の少数民族にはそのような問題はほとんどなく、中国共産党政府から独立する動きさえ見せなければ関係のないことだ、と思っていました。

言語教育の停止

 ところが、習近平体制の中で、彼らが建国当時から誇っていた多民族国家そのものを打ち消す動きを始めているのです。

 それが最近話題になっている、モンゴル語教育撤廃問題です。

中国が傲慢な理由で強行した「モンゴル語教育停止」の衝撃

 民族問題と言えば中国ではチベットまたウイグルだけだというのが、中国内でも了解事項でした。他の少数民族は、自民族の言語は守られているし、中国人であることに誇りを持っています。ところが、今年になってモンゴル族が言語を取られていっているニュースが流れました。しかし、モンゴル族も、独立運動をしている人たちもおり、中国政府が危機感を抱いたと言えば言えなくもありません。

Newsweek「風刺画で読み解く中国の現実」

反政府運動と無縁だった人たち

 しかし、朝鮮族の学校で教授言語が中国語になったり、また中国語の教科書が採用されるというニュースが入ってきました。

1.延辺朝鮮族自治州の敦化市の朝鮮族学校で、(従来認められていた少数民族言語(=朝鮮語)ではなく)中国語を教授言語にする動きがあるとの情報(情報元

2.中国、朝鮮族でも民族語教育を減らす=「朝鮮族教育が崩壊する」と懸念も―韓国メディア

 朝鮮族は、朝鮮民族にある儒教の影響からでしょうか、少数民族の中でも最も教育水準が高いと言われています。日本にも数多くの朝鮮族の就労者がいますが、ブルーカラーではなくホワイトカラーの職業に多くの人がついています。そして、反政府的な運動もしないどころか、政治的なことを語るのを避ける人が多いです。ですから、中国のが多民族国家であることを示す証左のような、模範的な人々なのです。その彼らに同化政策の手を出すということは、習近平体制が、やはりかつて、少数民族を苛烈に弾圧した文化大革命を髣髴とさせるものなのです。

우리말(한글) 지키기 재중 한인 임시연대 | 사진=이시형 기자/에포크타임스

 写真は、韓国内で朝鮮族団体が「民族意識を抹殺する政策」として抗議しているものです。

「優遇」という「統制」

 そもそも、彼らがよりどころとしている、マルクス・レーニン主義には、民族の自由を掲げていたのです。「他民族を抑圧する者は、自身も自由になれない」(レーニン)(情報源)自らの首を絞めるようなことをしています。

 しかし、中国共産党の少数民族政策は、元々、民族同化の素地は十分にありました。民族学校によってその言語による教育は保障されていますが、小学校から大学まで、高等教育になればなるほど、漢語(中国語)教授体制が優位になっています。そして、民族学校では、集団体操やいろいろな規則によって、思想・政治教育が強調されています。つまり、エリートになればなるほど、漢族の主流文化に巧妙に組み込まれていきます。「民族平等」を唱えて「優遇」しながら、同時に中国共産党体制の中に組み込む「統制」の側面が強いのです。

 そもそも「優遇」という前提には、「少数民族は漢族よりも、文化的に遅れている」というものがあり、漢族と同じ文化、経済水準になることが目標になっています。マルクス・レーニン主義も、「民族は最終的に消滅する」という立場なので、今の優遇政策は、共産主義の民族消滅に至るまで、各民族が共に繁栄する社会主義の社会なのだという考えです。文化や宗教、伝統的な習慣は遅れているので、それをいつか変えていかなければいけない、とみなしています。(参考論文

 ですから、胡錦濤体制下の、社会の調和を目指す和諧社会から、習近平体制の中国化の流れは、マルクス・レーニン主義に従えば必然なのでしょう。

「福音」は、多言語、多民族、多文化の構成

 マルクス・レーニン主義は、結局、神の国のパロディーです。神のところに「人間」を置き換えたところのヒューマニズムです。ですから、民族の平等と諸民族の統一を目指すのに、「人間による統制」が欠かせません。しかし、私たちは、統治するのは神であることを知っています。そして、キリストの流された血によって贖われて、それで神の民になっているのであり、「多様性にある一致」が強制されることなく、美しく保たれているのです。以下は天における教会の、主イエスに対する歌です。

あなたは屠られて、すべての部族、言語、民族、国民の中から、あなたの血によって人々を神のために贖い」(黙示録5章9節)