バイデン米政権の中東外交 ― オバマ時代の再現か?(1)−明石清正−

 

明石清正
SALTY論説委員
カルバリーチャペル・ロゴス東京 牧師
ロゴス・ミニストリー 代表

現地で信頼できなくさせている党派的政治

 バイデン米政権が発足してから、世界は自分たちの地域でどのような政策を取るのか関心が寄せられています。日本では、米国務省の尖閣諸島に対する発言、国務長官の訪日(3月15-17日)に合わせて、拉致問題への連携をどのようにするかで注目が集まりました。全般的に見ますと、アジア外交は前政権からと大きな変化が見られません。トランプ政権下のアジア担当者がそのまま後任になる場合もあるそうです。けれども、中東政策は、シンクタンクを含めて、国内政治の対立とほぼ一致しています。

 バイデン政権は対中東では、対中国のような信念がないように見えます。さらにトランプ前政権の成果を、トランプ政権だったからという理由で、逆コースを歩んでいるかのようさえ見えます。

サウジアラビア人の見る米外交

 エルサレム・ポストの、在イスラエルのジャーナリストが、在アラブ首長国のサウジアラビア人の専門家にインタビューしている動画と記事をご紹介したいと思います。彼女のよどみなく出て来る分析は、これまでの私の感触や推測を、見事に可視化するような内容でした。

Political divisions make US foreign policy unreliable, Saudi expert says

 オバマ民主党政権では、ムスリム同胞団を支持し、アラブの春も支持しました。イランに対しても融和的で、巨額の金銭的支援さえしました。しかし、そこに流れるイデオロギーを民主党政権は見ていないことを指摘しています。政治体制としては自由民主主義国とはかなり違う、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、またエジプトですが、イデオロギーとしては、政教を分離させようと動き始め、イスラムの近代化を図ろうとしています。そして、政教一致しているムスリム同胞団やイランを、テロリストとみなしています。しかし、これら政治的イスラムを支持しているかのように見える米国の動きによって、その勢力が勢いづき、それで中東全体が不安定になりました。

 米国は、何がテロリストでそうでないのか、政権が交代しても引き継がれる一貫性がないと指摘しています。

 トランプ政権は、オバマ政権時のイラン核合意からすぐに脱退し、アラブ首長国連邦やサウジは歓迎しました。しかしバイデン政権になると、まずイラン核合意復帰の意向を示しました。そして、同盟国であるサウジに対して武器売却をやめます。敵に報酬を与え、同盟国に圧力をかける・・・こういう一貫性のなさが中東全体に不安定さをもたらす、とのことです。

 地域によって差別のあることも指摘しています。バイデン政権はイエメン内戦を問題視していますが、では、シリアの人権状況はどうなったのか?イラクはどうなったのか?イラクには、イラン支援を受ける武力勢力が勢いを増し、それらが米軍を攻撃したのに、そのイランと核合意するというのは、理に適っていないと断じています。人道問題にイエメンに対するほどの熱意がシリアやイラクには全く見られないなど、不均等があって、政治利用しているのではないか?と疑っています。

 そしてイエメン内戦のことでサウジアラビアに圧力をかけているけれども、反体制勢力のフーシ派は、一般市民を人間の盾に使っており、また人道支援を自分たちの方に横流しにもしており、トランプ政権でフーシ派をテロ組織にしたのに、それを解除しようとさえしていると言っています。(注:ブリンケン国務長官は、解除すると2月16日に発表しました。)一貫性がない、と繰り返しています。

 ヒズボラは、イランの傘下にある過激組織ですが、レバノンではヒズボラを政治体制の中に深く組み込むことに成功しました。今、イエメンでフーシ派を通してイランが行おうとしているのもそれで、政治体制の中に組み込もうとしているのです。

 今の中東でのテロリズムはイデオロギー戦争であり、イデオロギーがなんであるかを特定することによって、敵か味方かが判別できるけれども、米民主党政権はそれができていない。ムスリム同胞団は政治運動が主体だけれども、イデオロギーは政教一致のイスラムであり、そこにおいてイスラム国と変わりがない。この判別ができない限り、中東にテロリズムは消えることがないし、不安定になっていくばかりだと警告しています。

 一貫性をもってほしい、トランプ政権時にせっかく、アブラハム合意によるイスラエルとの国交正常化が果たされたのだから、その流れと一貫する政策をとってほしい。外交政策においてもっと超党派的であってほしい、と願っているとのことです。

 ただ、こういった一貫性のなさによって米国に信頼が寄せられなくなり、それで利害が一致しているイスラエルと、これらアラブ諸国がますます連携を深めていっているのだが、と言っています。

 以上、アラブ諸国やイスラエルの苛立ちが、よくわかる分析です。第一次世界大戦後の処理から、欧米諸国は一貫性のないことを行なっていき、その割には欧米式の民主主義や人権をふりかざすので、テロリストは勢いづき、彼らと連携したいと思う勢力は意気をくじかれる、という歴史を繰り返してきました。

カショギ氏は、人権擁護者ではなく、政教一致のテロ組織擁護者

By April Brady / POMED – Mohammed bin Salman’s Saudi Arabia: A Deeper Look, CC BY 2.0

 サウジアラビアに対して、バイデン米政権が、同盟関係を格下げしようとしています。その大きな理由が、「ジャマル・カショギ氏の殺害をムハンマド皇太子が承認した」としていることです。カショギ氏は、サウジアラビア出身の在米ジャーナリストで、反政府的主張で知られていました。彼が、2018年、トルコにあるサウジアラビア総領事館を訪問し、そこで殺害されました。このことを、ムハンマド皇太子の承認によって実行されたとする報告書を、国家情報長官室が今年2月26日に発表しました。

 人権を著しく蹂躙する事件として取り上げられますが、ほとんどの主要マスコミで報道されていないのが、「では、なぜサウジが暗殺したのか?」という背景です。一部には、「サウジアラビアの近代化論者」と言われていますが、彼が熱心なムスリム同胞団一員である、という点がほとんど語られていません。(関連記事

 「ムスリム同胞団」は、日本の公安調査庁も、世界におけるテロ組織として列挙しています。当組織は、今のイスラム原理主義運動の母胎のような存在です。世界をイスラム化し、イスラム法の下に服従させるという明確な目標を掲げており、イスラム国とイデオロギー的には何ら変わりません。その手法が、政治活動や社会活動が主体であるというだけで、多くのアラブ諸国でテロ組織に指定されています。

 国として同組織を支持しているのは、トルコとカタールです。トルコのエルドアン大統領は、かつてのオスマン帝国の栄華を取り戻すべく、周辺地域への覇権の野望を隠していませんが、シリアやリビア内戦に武力関与をする時は、イスラム過激派を傭兵として最前線に置きます。カタールは、アルジャジーラという衛星テレビ局を持っています。英語版では西欧リベラルのマスコミと歩調を合わせる報道をする一方で、アラビア語放送では、イスラム過激派の主張を垂れ流す、対外宣伝工作機関として、アラブ諸国では知られています。

アラブ諸国のテロ組織が、欧米ではリベラル勢

 今のイスラエルとアラブ諸国の和平の先駆けは、イスラエルとエジプトの平和条約にこぎつけたサダト大統領でありますが、ムスリム同胞団から出た一派が、彼を暗殺しました。ガザ地区を実行支配しているハマスは、同胞団から出て来ています。しかし、欧米社会では、リベラル勢力のように見られる傾向があります。

 対して、アラブ諸国は、軍事政権、または独裁的な王政だということで、もちろん、西欧的な視点からは人権侵害と呼ぶものがあります。しかし、それだけを見たらあまりにも短絡的です。イスラムの政教一致というイデオロギーがもたらす世界がどれほど恐ろしいものか、判断材料として大いに考慮しなければいけません。イランの政権も政教一致です。大統領の上に最高指導者がいて、彼は宗教指導者です。しかし、アラブ諸国は、イスラム教の近代化、政教分離をなんとかしていこうと、動いてきています。政治において現実主義になっていて、その結果の、イスラエルとの国交正常化です

 この点がスポッと、抜けていたのがオバマ政権であり、今のバイデン政権にも、その傾向が出始めています。

 かつて、太平洋戦争の戦中から戦後直後にかけて、米国の民主党政権には、深くソ連コミンテルンの浸透があったと言われています。それで日米戦争が激化し、日本敗戦後も、GHQの中にコミンテルンが入り込み、日本の共産主義化が危ういところまでいきました。リベラル勢のように見せかけた、自由民主主義体制の根底を揺るがす、異質なイデオロギーという点では、共産主義だけでなく、イスラム主義も同類であり、新たな混乱と対立、流血を起こしているというのが現状です。(参考記事:「アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄」「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」「日本占領と「敗戦革命」の危機」)

米の引き起こす対立の激化

 懸念されていた中東地域の不安定化と対立は、既にその兆しが見えています。

 サウジアラビアにおいて、同盟関係の格下げをカショギ氏の暗殺を理由にバイデン政権が行いましたが、具体的には、武器供与を停止しました。イエメン内戦において、大きな人道的問題が起こっているためということです。さらに、フーシ派のテロ組織指定を解除しました。フーシ派は、イランが背後で動かしている、イエメンにおける反政府武装勢力ですが、これをトランプ政権が、倍で政権に移行する直前にテロ組織指定していました。しかし、それを解除したのです。

 そのために何が起こったか?フーシ派が勢いづきました。サウジアラビアの首都リヤド上空にまで弾道ミサイルが飛んできました。同国はそれを空中で迎撃したため難を逃れましたが、その映像はまるで、ガザからハマスやイスラム聖戦がイスラエルにロケット攻撃するのを、イスラエルが迎撃する映像を髣髴(ほうふつ)とさせるものです。(動画

 イスラエルにおいても、同盟関係は維持されているものの、バイデン大統領は、ネタニヤフ首相への電話が大幅に遅れました。他のアラブ諸国への電話も遅れました。そして、イスラエルやアラブ諸国にとって、安全保障における大きな危機を与える、イランとの核合意への復帰へと舵を切りました。トランプ前政権は、米国を核合意から脱退させ、経済制裁を最大限に課し、革命防衛隊のソレイマニ司令官をイラクにいる時に殺害しました。

 このような、同盟国を軽視しているような行動によって、イランが勢いづきました。イラクは、政治的に、軍事的にイランの勢力がかなり浸透しているのですが、イラク内の米軍施設に対して親イランの戦闘団が攻撃をしました。そこでバイデン米政権は、シリア内の、イランの支援する武装勢力の施設を破壊しました。そして、ペルシャ湾沖で、イスラエル国籍のタンカーをイランが攻撃しました。また、核合意については、バイデン政権が発足してから、むしろ、イランはウラン濃縮の活動を大幅に引き上げ、合意から一段と逸脱しています。

 興味深いのは、ポンペオ前国務長官が、皮肉を込めたツイートをしていることです。ソレイマニ氏を殺害した時に、当時のバイデン氏がこのことで中東全域が大混乱に陥ると警告しましたが、「いいえ、(アブラハム合意の)和平に持ち込むことができましたよね?」とコメントしています。皮肉にも、今、バイデン政権こそが、中東全域を不安定にさせているのです。

現地で着実に進む和平

 一方、中東の現地では、アブラハム合意を契機に始まった、イスラエルとアラブ諸国の和平は着実に前進しています。アラブ首長国連邦は、イスラエルに大使館を設置、既に大使を派遣しました。モロッコでは、学校の子供たちに、共存を促す授業の一環としてシナゴーグ(ユダヤ教会堂)を見学させています。エジプトは平和条約を結んでいたものの、「冷たい平和」と呼ばれていたほど、国民の間にはイスラエルに対しては敵対的でした。しかし、最近、教育省が、ユダヤ教のことを学校で教えることに決めたという、画期的なニュースが入ってきました。(記事

 次回は、中東のキリスト教徒が、米国の「ポリコレ外交」とも呼ばれるものによって、追い詰められていることを書かせていただこうと思っています。