『キリシタン史からのメッセージ』
高槻・Ukon:第6回
久保田Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰
みんなで建てた “ 都の教会 ”
● “ 多くの人たちの、多くの人たちによる、多くの人たちのための ”
━━ ということで、思い浮かんでくるのは、1576年に献堂された、
都の教会 「被昇天の 聖母教会」の建設です。
一般には、「都の南蛮堂・南蛮寺」と呼ばれていました。
トップの絵:フランシスコ・ザビエル上陸の図
金井 望(カナイノゾム)
日本キリスト者オピニオンサイト –SALTY– 論説委員
伴天連追放令
キリシタン時代の始点は1549年、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸である。それからおよそ100年の間に来日した宣教師が、およそ300名いた。各地の大名は、ポルトガルとの貿易が利益をもたらしたため、宣教師を歓迎し、自らキリシタンとなる者もいた。16世紀後半、ローマ・カトリック教会の宣教はめざましい勢いで、日本全土に拡大した。 “日本葬送宣教論 (4) 伴天連追放令 -金井望‐” の続きを読む
後藤献児朗
日本キリスト者オピニオンサイトSALTY代表
有限会社サーブ介護センター 代表取締役
− 日本ホーリネス教団の政治声明発表に関する「ガイドライン作成」の意義 –
外交政策に関する日本政府の各種法整備をめぐり、政府(政権)に対し「声明」を出す、キリスト教界の組織や団体、教団が相次ぎました。ところが、その声明が教団に属する信徒に知らされぬまま出されていたこともあり、「教会が政治活動を行うことへの疑問」が信徒の中から出始めたのです。
“発見!!「政治声明発表に関する『ガイドライン』」-後藤献児朗-” の続きを読む
トップの絵:William Brassey Hole (1900s)
金井 望(カナイノゾム)
日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- 論説委員
【前回】日本葬送宣教論 (2) 大きく変わる日本の葬送 −金井望−
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イエスが町の門に近づくと、見よ、ある母親の一人息子が死んで、担ぎ出されるところであつた。その母親は寡婦であり、その町の大勢の人々が、彼女に付き添っていた。すると主は彼女を見て、深く憐れみ、彼女に言った、「泣きなさるな」。そして近寄って行き、棺に触れた。すると棺を担いでいた者たちは立ち止まった。そこでイエスは言った、「若者よ、私はあなたに言う、起き上がりなさい」。すると、死者は起き上がって、語り出した。イエスは彼をその母に渡した。(ルカ7:12-15 私訳)
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