虚像と実像 −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第29回 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

虚像と実像

● 私たちの 主イエス・キリストにも、髙山右近にも、当時の、残された画像があるわけではありません。

 イエス・キリストの場合は、「 聖書 」 があります。また 歴史史料を補助として、“ 私のキリスト像 ” を心に描いていくことになります。
“ これが正解 ” というものが ないわけですから、百人百様 の キリスト像になります。
絵画 ・ 彫刻 ・ 小説 ・ 映画 ・ ドラマ ・ 音楽 ・・・・・ いろいろな形で表現された キリスト像を見て、共鳴し・感動してきました。
それぞれが、真摯に、精一杯の キリスト像を描き ・ 演じ ・ 表現しています。
それぞれに対して、私の琴線に触れるものには、私も共鳴していくことになります。

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イースターおめでとうございます

よみがえられたイエス・キリスト

イースターおめでとうございます。

皆様と、ご家族お一人お一人の上に、神様の守りと慈しみが豊かにありますように、お祈りいたします。

 

神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。

(新約聖書・エペソ人への手紙1章19節)

 

2020年(令和2年)4月12日

日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY-
代 表:後藤献児朗
主 筆:西岡 力
編集長:井草晋一
編集会議・論説委員一同

「キリストのへりくだり」に生きる幸い −井草晋一−

公同の礼拝メッセージ(公同礼拝用)

自然災害、インフルエンザなどで教会に集うことが困難な場合のために。

<No.1> 「キリストのへりくだり」に生きる幸い

<No.2> 人生の柱、基礎は大丈夫?

<No.3> 心配事からの解放と慰め

<No.4> み言葉に生きる

地域教会の牧師の礼拝メッセージ、また、礼拝メッセージのご依頼を受け、教会で語られたメッセージです。

どちらの教会の礼拝においても使用できるように、牧会上のコメントや地域教会での特定のコメントなどを除いて編集したものです。
「音声」、「動画」(YouTube など)を、PAや TV、プロジェクターなどでご利用ください。

専任牧師が不在の教会や、礼拝計画の中で必要な場合、また、台風や洪水、地震、大雪(凍結)などの自然災害、インフルエンザなどで教会に集うことが困難な場合に、地域ごとの家庭での礼拝、また、集会場所でご利用いただければ幸いです。

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日本で最初に祝われた クリスマス −久保田典彦−

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ucon:第26回 

 

 

 

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

日本で最初に祝われた クリスマス

━ 久保田 Ucon 典彦 ━

日本で最初に祝われた クリスマス は、いつのことで、どのようなものだったのでしょうか。

 いつのことか、と言いますと、今から 467年前の、1552年12月25日 のことです。
時代で言いますと、室町時代になります。

 宣教師の フランシスコ ・ ザビエルが、日本に キリスト教を伝えたのが、1549年のことですから、その3年後に、日本最初の クリスマス ミサ ・ クリスマス礼拝がささげられました。そして、愛餐会がもたれ、祝われています。
場所は、山口県山口市の 司祭館 においてです。

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キリスト教はイエス・キリストを信じる −三浦三千春−

*写真:『イーゼンハイム祭壇画(第1面)』グリューネヴァルト 作_Wikipedia  より

 

 

 

三浦三千春
著述業
元・クリスチャン新聞大阪支局長

キリスト教はイエス・キリストを信じる
<寄稿文>

 日本国内の世論が、他の多くの、自由な言論が許された諸国と同じく、大きく真っ二つに分断されているような感覚を私は抱いています。それは、「右」と「左」の対立というようにいわれますが、左右の両者が実のある対話を行い、共存して生きていかなければならないことと思います。
ことにキリスト教徒(クリスチャン)は見解を左右異(こと)にしていても、相互に深く信頼し、深く話し合える基盤を有していると思います。その共通の基盤は何なのか確認する論を提示したいと思います。実のある対話がさらに進むことを願いつつ……。

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自衛官から牧師に − 藤井秀一 −

写真:「AMCF 東アジア大会・宣教大会」8/29

世界軍人クリスチャンの会『2019年 東アジア大会』
『宣教大会』(第1日)「証し」
8月29日(木) 19:00ー20:30

藤井秀一牧師

 

藤井秀一
1966年 東京都に生まれる。
陸上自衛隊音楽隊入隊
退職後、東京バプテスト神学校卒業
常盤台キリスト教会、
酒田のぞみキリスト教会牧師
現在:花小金井キリスト教会牧師

「自衛官から牧師に」

 今わたしは、東京の小平市にある花小金井キリスト教会の牧師をしています。
そのわたしが、なぜ皆さんの前で証をすることになったのかというと、わたしがもと自衛官をしていたからだと思います。
わたくしは、18歳から31歳まで陸上自衛隊で働きました。職種は音楽隊です。トロンボーンを担当していました。

クリスチャンになったのは、わたしが26歳の時です。
わたしの家族にも親戚にもクリスチャンはいません。
そんなわたしがクリスチャンになったのは、今思えば不思議なことです。
わたしの両親は、わたしが20歳の時に離婚しました。
どうして人は愛し合って結婚しても、憎み合って別れてしまうのしょう?
両親の離婚によって、わたしは生きることのむなしさを感じるようになりました。
好きな音楽を仕事にしているのに、喜びがない日々を生きていました。

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主にあって愛する軍人クリスチャンの皆様に − 西岡 力 −

2019年「世界軍人クリスチャンの会『東アジア大会』」で行った聖書講演

2019年(令和元年)8月30日

西岡力教授(SALTY主筆)

 

 

西岡力
(麗澤大学客員教授・東京基督教大学前教授)
・SALTY 主筆

主にあって愛する軍人クリスチャンの皆様に

 私は軍人ではありません。しかし、悪と戦う第一線にいらっしゃるここにいる自由世界の軍人自衛官クリスチャンの皆様を心から尊敬しています。私は30年近く、海上自衛隊幹部学校で朝鮮問題を講義してきました。

 ここで、一人の日本人クリスチャンとして日本の自衛官クリスチャンの皆様に謝罪いたします。日本の教会の中には自衛隊を否定する考えが広がっていて皆様方がこの日本で主に仕えるときに妨げになっているためです。本当に申し訳ないと心から謝罪します。

さて、今日、皆様のために準備してきた聖書のメッセージを語ります。

聖書をまず朗読します。

聖書ルカ10章38〜42節 と ヨハネ12章1〜3節です。

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10月に大阪と東京で SALTY第1回公開講演会 を開催します

キリスト者と政治

日本キリスト者オピニオンサイト SALTY 「第1回公開講演会」

 

 ここ数年のいわゆる慰安婦問題や、同じく、徴用工問題に対して、また、今後の日韓の関係回復について、キリスト者としてどのように理解し、取り組むことが求められているのか、さらに、社会福祉や介護の課題については?・・・・
 
 上皇明仁陛下の譲位と改元、今上天皇徳仁陛下の即位に伴い、10月22日(火曜日・祝日)には、「即位礼正殿の儀」が各国の元首や政府代表の列席のもとで行われます。
 
 ここ5年ほどの間の状況を振り返っても、日本の政治課題に対する、キリスト者のあり方や教会、あるいは連合組織としての見解の表明、取り組み方などについて、あらためて問いかけられている昨今です。
 
 このような時代背景の中で、この度、日本キリスト者オピニオンサイト -SALTY- では、大阪と東京で 「SALTY 第1回 公開講演会」 を開催いたします。
 
みなさま、お誘い合わせの上、どうぞご来場ください。
主催者、関係者一同、心よりお待ちしています。

 拝まれる人物像 − 久保田典彦 −

※ 写真:「 髙山右近 」 切り絵 : 岡本紘子
( 髙山右近研究室・久保田 蔵 )

 

『キリシタン史からのメッセージ』
 高槻・Ukon:第20回

 

 

 

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

 拝まれる人物像

● フランシスコ ・ ザビエルは、鹿児島に到着して 間もなく、
当時、伊集院にいた 薩摩領主 ・ 島津貴久を 表敬訪問しました。

 その時、日本に持ってきた 「 聖母子像 」 の絵を 貴久に見せました。

「 領主に引見された時に、パウロ ( 弥次郎 ) は、私たちが インドから持ってきた 聖母の、たいそう 敬虔な聖画を持参しました。 領主は、そこに居合わせた すべての人たちに、彼と同じように 拝むことを命じられました。

 その後、領主の母堂に、聖画を お見せしましたところ、彼女は聖画を見て感激し、大変 お喜びになりました。
数日の後、領主の母堂が、一人の家臣を遣わして、
“ この聖画と 同じものを作るのには、どうしたらよいか ” とたずねてこられました。しかし、この地方には 材料がないので、聖画を作ることは 断念しました。」

島津貴久も 彼の母も、たぶん “ 観音像 ” と思い込んで 礼拝したのだろうと 思われます。

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ザビエルと弥次郎との 対話・言行一致しているなら! − 久保田 Ukon 典彦 −

『キリシタン史からのメッセージ』

 高槻・Ukon:第15回

 

 

※写真は、大分駅前の「フランシスコ・ザビエル像」

 

久保田 Ukon 典彦
阿武山福音自由教会 教会員
「髙山右近研究室・久保田」主宰

ザビエルと弥次郎との 対話 ・ 言行一致しているなら!

「耳でだけ説教を聞くより、この目で説教を見たい。
ただ正しい道を教えるだけの人より、正しい道をともに歩く人がほしい。
そして、何にもまして望ましいのは、説教者たちが、彼らの信条どおりに歩むことだ。なぜなら、だれもが必要としているのは、正しいことが実行されているのを見ることだから。」(エドガー・A・ゲストの言葉)


日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、1547年12月7日頃に、マラッカで初めて、日本人・弥次郎と会いました。
 弥次郎は、かなりポルトガル語が話せましたので、通訳なしで、直接に、日本人と意志の疎通が出来たわけで、ザビエルは、弥次郎と出会ってから急速に、日本人や日本社会に関心を寄せていくことになります。